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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-3日目-牡鹿・十八成浜/新しい住宅地は背後の山をのぼった

-No.1119-
★2016年10月14日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 2045日
★ オリンピック東京まで → 1379日








◆8月30日、石巻

 東松島市、フォーシーズン矢本で迎えた朝。
 空はこれぞまさしく…不安な予感をはらんで、閑にひそめた雨曇り。
 ボクが名付けた「出戻りスケバン」台風10号、2日前にわが家を出たときから、ひたひたとあとを追いかけて来たのが、いよいよ息づかいの聞こえそうな背後に迫ってきていた。

 テレビの天気予報図を見ると、針路予報円の中心がこっちに向かっており、午後からは風雨が強まるだろうとのこと。
 きょうの行動は午前中までときめ、訪ねる予定でいた牡鹿半島、十八成浜のNさんに電話。
「どうぞ…いま家にいるから」と応える声に、はんぶん呆れをふくんだ驚きの響きがあった。
 台風接近の情報があったのに、予定を変更しなかったの?…ということらしい。
 ごもっとも、ながら、こちらにはこちらで、そうやすやすとは変更できないワケがあって、スンマセン。

 やっぱり、いつもよりはやや遠慮気味の、石巻市内の道を抜け、牡鹿半島を目指す県道2号(金華山道)に入ると風が強くなった。
 この道の通行については、前にもふれたことがある。
 紆余曲折する広くはない道を、なにしろ地元の車がバンバン飛ばして行くのダ。こちらもダートの道には経験を積んできているから、懸命にアクセル&ブレーキを駆使して頑張るのだが、熟知して通いなれた車にはかなわない。
 何度か、道路脇に車を寄せては「ハイ、ドウゾ」、後続車の数台をやりすごす。

 十八成〔くぐなり〕浜は、地形でいくと俗に「釜谷」と呼ばれる、半円に丸っこい窪みになっている。
 そこを《11.3.11》の大津波に根こそぎ洗われた。
 バス停の傍にあったNさんの酒店も、集落と運命をともにして流失……。

 金華山を目の前にする鮎川の復興商店街に開いた仮店舗で、1年後の2013年春に、はじめて逢った。
 どこを訪ねても、あとをひく慄〔おのの〕きと、茫然と、困惑と、不安と…。
 そんななかで、はじめて笑顔らしい笑顔に出逢えたのが、Nさん夫妻。
 みずからも、まわりをも、励ます笑顔。
 ほっと…救われたのを忘れない。

 その笑顔が、バス停わきの空き地に軽トラックを寄せて、出迎えていてくれた。
 復旧に手間どった窪地の道路が、5年の歳月をかけて、ようやくナントカなっていた。

 Nさんの新しい住まいは、流失した背後の山の中腹フロントに、自力再建。
 もちろん周囲の住宅もすべてが、もとのコミュニティーの人々の住まい、それだけでずいぶん気がかるい。
 
 Nさん自身には、前から店を再興したい思い(たぶん十八成浜の復興のためにも…)があったわけだが。
 負担(酒屋は力仕事だ)が重いという、奥さんの意向はつよく、「いましかできない孫の世話」も現実だった。

 そんなNさん夫妻と2時間ほど、愉しい談笑のときをすごさせてもらって、辞去。
 ぼくらは、街のスーパーで夕餉の買い物をすませ、台風をやりすごすべく宿に戻った。

 …………

 しかし、台風はときとともに進路を北へ、天気図のうえを予報円がずれていき。
 中心より東側に吹く強風…を怖れていたのが、ほとんど暴風域が掠る気配もなく、雨もたいしたことなしに、すぎていった。