どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-1日目-富岡町/   富岡駅跡が消えていた!?…   

-No.1102-
★2016年09月27日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 2028日
★ オリンピック東京まで → 1396日

*このブログも、あかげさまで…というか、遠い声にはげまされて…というか、ともあれ4年目*





◆8月28日(つづき)

 竜田駅から、富岡町に入って、富岡駅へ。
 道すじの人気なし状況に変化なし。
 国道6号の、福島第二原子力発電所入口にだけ、車の出入りが頻繁。
 このあたりから、沿道に「帰還困難区域」「立入制限区域」の立て看板があらわれはじめ、冷たい金モノ竹矢来と警備員の姿が目立ってくる。

 富岡駅跡への道すじには見覚えがあったが、駅付近の風景は一変。
 去年、脳裡にきざみつけたはずの手がかり、すべて消えていた。
「富岡の駅は、どうなりました?」
 駅前駐車場のあったあたりに入っていた工事関係者に尋ねたが。
「………???………」
 まったく要領をえない、自分たちがいまいる場所の正確な知識もない雇われ仕事のようだった。
 これが、現実。

 付近を懸命に探しまわって、ようやく撤去されたレール跡の道床を発見。
 どうやら線路の付け替えがはじまっているらしい。
 常磐線は、富岡駅のあたりで大きくU字型に海岸へ迫り出していた。
 建設当時の事情は知らない…が、それが裏目に出て手酷くやられた。
 駅の近くには「仏浜」の地名ものこる浜が……

 かつてあった駅付近が、これからどうなっていくのか。
 見とどけなければならない場面が、またひとつ、ボクを待っていた!

 あれから、すでに5年…にもかかわらず福島は、すべて〈これから〉なのだった。
 (写真、上は現在の富岡駅跡付近、下は昨年の同駅付近)