どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

オリンピックのメイン競技は、やっぱり「陸上」だ/日本「陸連」は最大最高の危機意識を胸に抱け!

-No.1069-
★2016年08月25日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1995日
★ オリンピック東京まで → 1429日





◆マラソンは一から出直しだ……ナ

 閉会式で、小池新都知事がオリンピック旗の引き継ぎを受け、リオ五輪をおえた。
 結果、メダル獲得の数からすれば、史上最多で、ヨカッタ。

 しかし……
 課題もハッキリ、クッキリだった。

 陸上の、男子400mリレーで日本が銀メダル、表彰台に上がった感動場面のあと。
 メインスタジアムでは、男女1600m(400m×4)リレーがスタンドにどよめきの渦を巻いてフィナーレを迎えた。

 そうなのだ。
 あれこれ競技はあっても……。
 やっぱり、陸上がメインなのだ。
 2020TOKYO大会にもとめられるのは、陸上競技の底上げ、これにつきる。

 オリンピック競技大会、その進行・構成・日程を見ても。
 前半の水泳、後半(全体)の陸上が柱になっている。

 前半の水泳に、不安はなかった。
 メダルの数からすれば、けっして充分とは言えない、にもかかわらずだ。
 それは、個々の選手のパフォーマンスにもよると思うが、指導陣「水連」の在り方が大きいように思う。
 選手・コーチの連携が、あやうさを感じさせなかった。

 ところが陸上の方は、指導陣「陸連」の在り方に骨太なところが見られない。
 ごく一部の例外をのぞけば、選手のパフォーマンス、はっきりいえば「覇気」につながっていなかった。

 たとえば、まっさきにマラソン。
 男女とも、順位の問題ではなく、まるで勝負になっていなかったことが…イタイ、痛すぎた。
 レースをつくって、仕掛けるべきは仕掛けて、結果、敗れたのなら希望がある。
 ざんねんがら、リオのマラソンは男女とも、参加しただけであった。

 ぼくは、このブログでもすでに鮮明にしてきたとおり。
 その日本陸上界にとって貴重なキャクターを買って、女子の福士加代子(加代ちゃん)に期待をかけていたのだが…。

 深夜までテレビにくぎづけ…の挙句、のこったのは「金メダルとれなかったァ」だけ。
 (そのせいにする気はないけど、この猛暑のさなか体調くるわされちまったぜ…)
 つまり、レースには、それほどのレベル差があった、ということダ。
 福士自身にも、じつはその、あまりにも大きすぎた差が、身に沁みていたはずなのだ。
 (それを「がはは…」と笑いにまぎらせるところが、加代ちゃん流なのだが…)

 最終日、最終競技の男子マラソンは、実況中継を観なかった。
 結果は、思ったとおり…でしかなかった、サプライズの下地もなかったのだ。

 「陸連」ほかの指導陣は、これら選手たちからの、心技すべてをとおしての”痛感”を真摯にうけとめて分析、反省したうえで、2020TOKYOに向かってもらいたい。
 時間は少ないが、チャンスはある。