どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

可憐な紫の小花が墨入れに似ているから…とは/  この不思議なミスマッチ感が忘れられない

-No.1057-
★2016年08月13日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1983日
★ オリンピック東京まで → 1441日





◆墨壷(墨入れ)なる道具ありき

 ぼくが、木工に惹かれたきかっけは、まず木肌と木目・木理にある。
 この素木の感触と、紙でも和紙のもつ肌ざわりとは、日本に生まれてよかったと、つくづく想わせるものがある。

 つぎに、木工に向かわせたものは、道具たちであった。
 じつに気がきいており、手にしたい意欲をそそるものがあった。

 しかし、その佳さがわかっていながら、持たずにいる道具もある。博物館もの…というやつ。
 「墨壷」という。
 下の写真2枚を見ていただいても、さて…いまどきはやっぱり「なんじゃこりゃ」であろうか。

 大工さんでも、使わない(あるいは使えない)人が多くなった。
 若い大工のなかには、見たこともない人がいるかも知れない。
 やっつけ大工だと、知らない方が多いかも…それほどの存在。

 木製の細工物であり、壷のところには墨をふくませた綿が入っている。糸車に巻きとられてある糸をひきだしてピンと張り、先に付いたカルコと呼ばれるピンを材木に突き立て、糸をはじけば墨の直線が引ける。
 木造家屋の構造材、柱とか梁などの寸法だしにはかかせない道具であるが…。
 (最古の墨壷は正倉院にある、というほどのものながら)
 
 さほど大ものを手がけないかぎりは、宝の持ちぐされになる。つまり、鉛筆ですんでしまう。
 墨壷じたいにも時代が反映して、プラスチック製の小型版ができたり、チョークラインよ呼ばれる墨のかわりに粉チョークを使うものができたり、ついに90年代にはレーザー光線の墨付け機まで登場している。

 そんな墨壷を、ぼくの頭からはなれさせなくしているのが…じつは、可憐な紫の花一輪。
 宝塚歌劇団を象徴する歌『すみれの花咲く頃』なのだ。

 ラッパのような形の花を横向きか、斜め下向きに付けるのだけれど。
 開いた花のかたちが墨入れ(墨壷)を想わせるからだ…と、はじめて聞いたときには正直「ずいぶん無理があるなぁ」と思った。
 植物学の大先達、牧野富太郎の説といわれるが、定説とはいえない、とものの本にはある。
 …が、そのミスマッチ感覚がおもしろい、ということであろう、巷にはすっかり流布して、いまや墨壷を見たこともない人までが、この話しを紹介しているほど。

 立壷すみれ、という花がある。
 すみれの学名にある「ビオラ」は、「紫色の…」。
 はなやかな花ばかり見て、スミレに出逢うとホッとするのが、日本人らしさ、か。