どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

館の岬…さみしき東洋のグランドキャニオン/   まぁ…そんなことだって…たまには…ありまさぁ

-No.1047-
★2016年08月03日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1973日
★ オリンピック東京まで → 1451日




◆東洋の〇〇、日本の〇〇

 というのが、かつて流行った。
 地元や縁者のあいだでは自慢げにいわれることもあったが、いっぱんにはシニカルな意味合いでいわれることが多かった。
  
 それは、ホンモノには「到底およばない」ながらも「あやかりたい」という、やや卑屈ともいうべき心情を隠しもっていた、ということだったろう。

 ぼくは、母方の実家があった縁で、江ノ島が子どものころの海水浴場だった。
 そこは「東洋のマイアミビーチ」と呼ばれ、粋がった若者たちの天下であり、ファミリーなどはやや遠慮気味であったりもした。

 子ども心に(そんなもんかな)と思っていたのが。
 長じて洋画を観るようになると(嘘…)、ガクゼンのミもフタも吹き飛ばされ。
 「〇〇の〇〇」のたぐいは、以来、詐欺的な色彩をおびた。

 いまどきの人に「東洋のマイアミ」など「なんのこっちゃ」であろう。
 多くの「東洋の〇〇」、あるいは「日本の〇〇」が、いわれなくなってひさしい。

 …そう思っていたら…
 あまりの懐かしさに泣けてくるような、キャッチコピーに出くわした。
 いわく「東洋のグランドキャニオン」である。

 ぼくは、このテのことにアンテナの指向性がよい。
 見つけたら、忘れないうちに立ち寄ってみるか、訪れてみる。
 
 打率は、まぁ、そこそこの4割くらいであろう。
 つまり、「めっけもん」もふくめた「いいんじゃない」が4割、あとの3割ずつを「それはないでしょ」と、「まぁ、なんといいましょうか」でわけあう。

 「東洋のグランドキャニオン」は……。
 はたして、どれだけの方が地図にポインティングできるか。
 北海道爾志〔にし〕乙部町にある。

 かつての檜山支庁、現在は檜山振興局の管内になる。
 (この振興局という語感が、また、泣かせるではないか…)
 そこは渡島半島日本海側であり、檜山郡江差町と厚沢部〔あっさぶ〕町、そして二海〔ふたみ〕郡八雲町に隣接する。
 日本海上、沖合には奥尻島奥尻町)。

 函館からは、国道227・229号で、ジャガイモの女王「メークイン」発祥の厚沢部町を抜けて行く。
 ものかげに潜む”ねずみとり”に用心しながらの、およそ2時間がかりだ。

 きのう、お話したとおり。
 跡継ぎなく、墓仕舞いになったカミさんの故郷、海峡の福島町に訪れる家があった当時でさえ、周辺にまで足をのばすことは、なかなか、むずかしかった。
 それが寄る辺ももはやなくなってみれば、よほどのことがないかぎり、機縁は遠のくばかりであろう。

 そう思いたって、墓仕舞いの翌日、車を走らせた。
 北国にも、ひと足はやい夏が来たような日。

 山越えの227号から、海道229号に折れて、しばらく。
 「ここじゃないの?」
 というところに、館の岬〔たてのさき〕はあった。

 遠い昔、海の底にあったこのあたり一帯、いくつもの地層が堆積した後に、地殻変動があって隆起。それを長年月かけて波が削りだした断崖。説明すると、そういうことになるが。
 結果は、まぁまぁ、そこそこ…とどかない、ざんねんながら、のこり3割のうち。

 少しでも足をとめさせる、なにものもない、のではやむをえない。
 宮の森公園に展望台があって、そこからの眺めが佳い、とのことがった、けれど……