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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

人の「命の偏り」を…想う

-No.1039-
★2016年07月26日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1965日
★ オリンピック東京まで → 1459日




◆片寄る……傾く……

 人には偏りがある。
 かたよりがあって生きて、生かされている、ともいえる。

 いちばんに、命のかたより。
 100歳をこえる長命があるかとおもえば、幼くして夭逝もあり、ついに陽の目をみることのない水子さえある。

 個性というものも、いってみれば命の偏り。
 いやおうなしに、つきまとう良し悪し、優劣、上下も、また、偏り。

 「偏りない」建前と、「偏りたい」本音、どっちもどっち。
 くやしいけれど、偏りない命、なんかない。

 才能、能力が、なぜ偏る……
 命のかがやきにまで、偏ってほしくはない、のに。

 ざんねんながら……
 「差別なし」には、ありえない、人の命。
 「差別化」を、避けられない、人の世。

 なのに人は、なおも偏りたがる。
 かたよりに驕りをまぶした砂糖菓子の甘さに、誘惑されつづけるかのように。