どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〈忘れ潮〉の沖縄紀行2016…津堅島①/   〝キャロット・アイランド〟に渡る

-No.1033-
★2016年07月20日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1959日
★ オリンピック東京まで → 1465日









◆ハーリ-(海神祭)

 
 6月8日、梅雨の晴れ間の水曜日。
 西岸、残波の浜のホテルから、途中、嘉手納の米軍基地を通って本島を横断。
 東岸のうるま市勝連へ。

 昨年の《戦後70》巡礼の旅では、海中道路を通って平安座島・宮城島・伊計島まで行った。
 こんどは海中道路の先、平敷屋港からフェリーで津堅島に渡る。

 観光地情報にはあるが、観光地というほどのこともない。
 いまは多くの属島に橋が架けられたいる本島では珍しい、橋で渡れない島。
 
 所要1時間の船旅では、校外学習の子どもたちと一緒になり。
 津堅港に着くと、「歓迎」(もちろん子どもたちが対象)の出迎えがあったりして、ほっとうれしい。
 
 むかし、鉄道のターミナル駅の、見送り・出迎え風景にも、これと似たあじわいの風景が展開されたものだったが。
 高速輸送の新幹線時代になって、情景は素っ気ないものになった。
 港の入船・出船の風景も、おなじく、素っ気ない日常になった。

 乗客のうち、旅人らしいのはボクたちくらいのもの…だったが、だれか声をかけてくれるでもない。
 平敷屋港でもらった島の地図に、漁港に近く「竜宮神」のポイント指示があり、「ウミンチュ(海人)が祀る拝所」と説明されていた。
 はじめにそこへ寄ったのは、ゲストとしての礼儀もあり、「竜宮」という異界が親しく感じられたからでもあった。
 老漁師に場所を訪ねると、「そこ」と顎をしゃくった先に小さなコンクリート造りの屋形。
 奉げられたワンカップの酒瓶に手をあわせた。

 半農半漁の島の、漁業はもっぱらモズクで稼ぐ。
 漁港のあちこちに、養殖の網や生け簀が見られる。

 荷捌き所の屋根の下に、ハーリー(海神祭)・レースの舟(サバニ)が置かれてあった。
 航海の安全と大漁を祈願するハーリーの、サバニ競漕は予祝(前祝い)行事といわれるものだ。
 「これは神祀りのダ、レース本番用の新しいやつはあっちにある」
 なにか作業中だった漁師さんが、無造作に冷えた缶入りのお茶と、タッパーにいっぱいのサワラ刺身の酢味噌和えでもてなしてくれる。
 漁師料理のサワラは抜群の鮮度を舌にはずませ、冷たいお茶が喉に沁みた。





◆ニンジン展望台

 蒸し暑い日だった。
 台地の上への道を歩くと、すぐにムッと吾が体熱にむせ、汗がふきだす。

 周囲7㎞、面積2㎢弱の、小さな長四角形の津堅島
 半農半漁の、農業はもっぱら名産のニンジンづくり、別名「キャロットアイランド」。
 ただし、2~5月の収穫期をおえたばかりの畑は一面、陽を照りかえす土ばかり。

 料理用のバナナだろうか、青い実が沖縄瓦の民家の庭に鮮烈。
 小さな集落を抜けて、ニンジン展望台に立つと、北に向かってつづく砂浜(トマイ浜)が眩しい。
 1㎞ほどもあろうか、ビーチは夕日ポイントであり、海はダイビング・スポットでもあった。

 海景360度の展望台で風に吹かれていると……
 汗にまみれて砂浜まで下りる気は、すでになくなっていた。