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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〝男のおばさん〟『大往生』の永六輔さん世を去る /「せき、こえ、のどに、浅田飴」のおじさん

-No.1032-
★2016年07月19日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1958日
★ オリンピック東京まで → 1466日

◆七夕に『上を向いて…』逝った

 永六輔さんが亡くなった。
 知れたのは11日のことだったが、死去は7日、すでに葬儀もすまされていた。

 83歳。
 顔の長い、いわゆる馬づらの、身体も存在感もでかかった。
 永さんらしい……

 そんなことになりそうな気はしていたから。
 ぼくはこの6月、彼のラジオ番組が終了したときに、気もちのうえで別れを告げてあった。

 ぼくは永さんと、ひとまわり(12歳)ちがい。
 多彩な人だったが、ぼくはいちばんに、旅人の先輩として、天才肌の人であったことがおおきい。
 「年間○○○日」旅の空…と言っていた時期もある。

 ぼくは若い頃、「永さんに似ている」といわれた時期があって、彼のしゃべり口調を真似てサービスにつとめたこともあった。
 浅田飴のコマーシャル、あの抑揚のたかい、味醂を舐めたような口ぶり…懐かしい。

 あるオムニバスの本を企画・編集したとき、永さんに原稿をお願いしたことがあったが、いただいたのを見てビックリ。
 書いた原稿用紙を、挟みで切って、貼りあわせて、大きさ不揃いの紙束になっていた。
 「六輔七転八倒」の素顔を垣間見た瞬間であった。

 晩期、パーキンソンを患い。
 最後は、誤嚥性肺炎だったという。
 『大往生』の人は、苦しまずに逝けただろうか……