どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〈忘れ潮〉の沖縄紀行2016…石垣島④/    宇宙(天然)から観た〈人の世の営み〉を想う

-No.1027-
★2016年07月14日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1953日
★ オリンピック東京まで → 1471日





◆天の視座、空の埒

 6月7日、火曜日。
 石垣島をあとにする日、の朝。
 ぼくに、とくに感慨はなかった、けれど。

 (明日は、わからん)
 湧いた気分はいつになく濃かった。
 いつからだったか、ぼくは。
 (ならば、前にむかって倒れよう)
 気分になっていた。

 レンタカーを走らせ、市街地背後のバンナ岳展望台に上がった。
 眼下の石垣港、離島ターミナルの向こうに、きのう巡ってきた最南の島々の海が。
 躍りあがるような雲をわきたたせて、すでに夏……
 



 下って、白保海岸へ。
 大規模なアオサンゴ群落の広がりで知られる浜も、すでに夏の装い。
 うだるような温気〔うんき〕のもと、水平線は霞み、かすかに揺れており。
 その珊瑚の海も、いまは、文明世界の〈脅威〉にさらされ〈保全〉を叫ばれる現実のもとに喘いでいる、かの感もあった……

 これで、石垣島も見おさめて、昼前のフライト。
 窓に、島の北の外れ、平久保崎の照り返しを見おくり。
 かがやきにつつまれた夏雲のなかへ……
 


 ぼくは、きのう離島ツアーの船舟に見た、出港・帰港風景を想った。
 それは、北の海のコンブ漁船の出入りを俯瞰したような、迫真にみちていたのだった。

 ぼくは、飛行機(ジェット機)が好きではない、にもかかわらず。
 俯瞰・鳥瞰の視点というか、感覚はとびきり好きだった。
 それは、(天〔そら=宙=天然〕からはどう見えるか)という想いに、いつもつながっている。

 たとえばコンブ漁船の一斉出漁風景などもそのひとつだろう、人の営みのまめまめしさを天から見たら、ちょこまかと騒がしいばかり…のことにちがいない。
 そのぶんには、ほほえましくも、おかしみがある、けれども……

 雲間に見えていた海原に、島影がさす。
 そろそろ先島諸島の頃あい。
 宮古島を想ったけれど、小さいし、形もちがうようだった。
 地図で見ると、多良間島か…飛行場の滑走路が見えるので、どうやらまちがいない。

 ぼくは、いまでも、はじめて伊能図(江戸後期の測量家伊能忠敬が描きのこした『大日本沿海輿地全図』)を目にしたときの、技倆の域を超えた(神韻とでもいうのだろうか)精妙な達意への感動と、その後、羽田から北海道を目指したときの飛行機(プロペラ機のYS-11)から鳥瞰しつづけた、伊能図そのままの沿海の縁どりへの感銘をわすれない。
 それは……笑われることを承知で言ってしまえば(天の視野を獲得したような)気分であった。

 宇宙飛行士たちが、ふと神に近づいたように(あるいは神になったように)錯覚したのもうなずける。

 ぼくはまた、ニライカナイを想う。
 この沖縄の神は、子孫末裔にことあるときはきっと還って来るとされている。

 東〔あがり〕の海の彼方でも、西方浄土でも、なんでもかまわないが(つまり方位や座標にかかわりなく)、人知のおよばない領域がたしかにあることを、ぼくは認める。

 それを、たとえば「神」と呼ぶのは、人の(利用する)都合にすぎない。
 
 天〔そら〕の視座、空〔くう〕の埒〔らち〕

 ……といったものを、ぼくは考える。

 「天の視座」に、受け容れがたいものがある。
 「空の埒」に、受け容れがたいものがある。
 
 ……たとえば原発由来の核燃料デブリのようなものを、ぼくは想う。
 (その前に、原子炉内部での激烈きわまりない核分裂などの場があること、いうまでもない)

 「天〔そら〕」も、「空〔くう〕」も、そんな異物がこの領域にあることなど、ゆるされない。
 天の視座の外界へ……空の埒外へ……遠ざけるべきこと。
 そんなときが、そんなことが、たまたまある。

 ニライカナイが還って来るのは、そんなとき……

 飛行機が沖縄本島上空に近づいて高度を下げはじめ、慶良間の海の島々が、視座にかがやきをましてきた。