どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〈忘れ潮〉の沖縄紀行2016…波照間島②/   南十字星とサトウキビ畑と〈幻の泡盛〉の島

-No.1023-
★2016年07月10日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1949日
★ オリンピック東京まで → 1475日














◆波照間ブルー

 ランチタイムがすんで。
 マイクロ観光バスで、最南端の島、波照間周遊。

 海岸から一段高い一周道路からは、とうぜん、いつも目の前いっぱいに、海がゆるい弧を描いて広がっている。
「〇〇ブルー」と地名を冠した呼び名は、なるほど蠱惑的だけれど。
 じつは、陽光の角度やあたりかたなど条件が微妙で、ましてや広大な海景にはなかなかなじまない。

 陽の高い南方の海は、半透明に光り輝くばかり。
 北には、西表の島影が幻想的なばかり。
 その海景をときどきさえぎるのは、サトウキビ畑の「ざわわ」な緑だけ。

 昨年の沖縄行は、ついに離島まであしをのばすことができずに、石垣や西表がずいぶん遠く思えた。
 ついに生涯、目にすることのない風景かも知れない気がしたほどに。
 けれども、このたび、「行く」ときめてしまったら、なんのことはなかった。
 心理的に高いハードルもあれば、意志ひとつで超えられてしまうハードルもあるのが、ふとオカシイ……

 「はてるま」の語源に「果てのうるま」とする説がある。
 「うるま」は「琉球」、また「珊瑚礁」のことをもさす。
 本島の中部東にも「うるま市」がある。

 人気のない建物ひとつとに、短い滑走路が一本の、波照間空港があった。
 2007年から翌年までのごく短かい期間、ここに石垣空港からの空便があったが、絶えた。
 路線が復活することも、おそらくナイのだろう。

 星空観測タワーがある。
 日本国内では南十字星を好条件で観測できる数少ない島であり、いうまでもなく星降る島でもある。
 最南端の海と星空に招かれて観光客の数も大幅に増えた…といっても、離れ小島のかなしさ、石垣や西表の客数とはくらべものにならない。

 高那崎の海食崖上には、台風の荒波で打ち上げられたという、大きな珊瑚礁の岩がゴロゴロ、海景……茫漠。

 ほど遠からぬところに、駐車場のある見どころは、日本最南端の碑。
 旅の学生の手づくりという素朴な碑の横に、日の丸を据えただけの義理々々の碑。
 近くにもうひとつ、こっちの方が立派な、日本最南端平和の碑。
 さらに、測量標識のごとき、波照間之碑。

 最南端の碑から海をめざして、地面には石敷きの、二匹の蛇がからまるかたちの、沖縄本土復帰記念(1972年)のモニュメント。
 沖縄と本土とが二度と離れることのないように、との祈りをこめた造形が、無情の風に吹かれていた。

 海へと歩くと、
「これが波照間ブルー」
 潮吹き岩から覗ける海の水が、陽の光を懸命に沈ませていた。
 ここから、北緯23度27分の北回帰線(夏至の太陽がこの真上を通る)まで、わずか66㎞という。

 ニシ(沖縄の方言で北のこと)の砂浜に珊瑚礁の海を見おさめ。
 樹陰のカフェで黒糖シロップのかき氷にひと息つけば。
 日帰りツアーの、長い一日もこれでおしまい。

 港の売店で、最上と評判の黒糖と、島外に出たら「まぼろし」といわれる泡盛「泡波」のミニチュアを土産に。
 三度、高速船。
 蹴散らす波しぶきの向こうに夕陽を透かして、すぎゆく南の島のひとつひとつを、ぼくは瞼の裡にやきつけようとしていた……