どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〈忘れ潮〉の沖縄紀行2016…由布島/     水牛はモンスーンアジア田園の原風景

-No.1020-
★2016年07月07日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1946日
★ オリンピック東京まで → 1478日








◆やさしい目の色

 ぼくは由布島というのを、知らなかった。
 いや、遠い潮騒のようにかすかな記憶はあったのだが、花綵〔はなづな=レイのような首飾り〕 にも譬えられる日本列島の、いったいどこら辺りにあるのか、まるでけんとうさえつかなかった。

 それが、こんどの離島ツアー・コースに入っていたことで、西表島の属島のような存在であることが知れた。
 マングローブ・クルーズの仲間川から、さらに東海岸を北へ行ったあたりの海岸に、一輪挿しか壁掛か、といった風情で寄り添ってある。

 ガイド上手なバスの運転手さんも、この小島については多くを語らず、
「どうぞたっぷり水牛車の海を楽しんできてください」
 まだ雨ののこる浜辺の駐車場にブレーキを引いて、笑顔を振り向けた。

 いま帰ってきたばかりの別のツアー客と交錯しつつ、待合所に駆けこむ…と。
 すぐに、係りの人から配車の声がかかる。
「〇〇ツアーのお客さまは、〇号車と〇号車にどうぞ」

 小屋掛け二輪タイヤの水牛車は、定員8名くらい。
 それに御者も加えると、結構な重量になる。
 ぼくは、動物が観光色に使役されるのを好まない。

 …が、水牛はもうすっかり心得たふうに、客が乗りこんだところで歩きだそうとする。
 よくよく見ると、目の優しい賢こそうな動物だった。

 西表島由布島の間の海は、まるで、そのために用意された浅瀬のよう、満潮時でも水の深さは1メートルほどという。
 重い荷を引いて水牛ちゃんが、ゆるゆるペースでパチャパチャと水音をさせて行く、ただいまは干潮。

 途中、ふと歩みをとめた水牛ちゃんが、オシッコをする。
「じぶんで適当に休みながら行くんです
 勤務時間や労働条件は人も水牛も平等です」
 飼い主の御者がいう、言いおわるのを待って、また車が動きだす。
 御者が、三線を手に、揺れながら沖縄民謡を唄って聞かせる。
 水牛車ゆらゆら、適当な方向を目指して、ひたすらゆらゆら。
 現実感が、どんどん遠のいていくのを感じる……

 島を目指して立ち並ぶ電柱と、張り伸ばされた電線が、いつか見た西部劇の世界みたいでもあり。
 水牛車が停まったところが、由布島
 番地は、沖縄県八重山郡竹富町古見687。

 八重山諸島も南端の島々、なかでも交通の要衝にあたる竹富島を中心に、竹富町が成立しており。
 西表島竹富町由布島も、これから向かう波照間島竹富町である。
 その竹富島にも、やはり水牛車がある。
 現実感が、さらに遠のく……

 着いた由布島の浜でも、各ツアーそれぞれの滞在時間が粛々と告げられ。
 いつのまにか、ウソみたいに雨もあがっており。
 客たちはみな従順に、レイを首にかけられ、案内人に導かれるままに記念撮影コーナーへと誘導され。
 ついには、記念写真を買わされる魔法にかかってしまう。

 開放されたところが、また現実感のうすい亜熱帯植物園で、ボウゼンたる夢は青空に吸いこまれてゆくのみ……
 ぼくは、人を乗せた車を曳く水牛たちに心ひかれるものがあった。

 ぼくが、いまでもよく想いだす、いろあざやかな光景は、モンスーンアジアの広い広い緑の水田である。
 そこで人とひとつになって犂を引き、田を耕しているのは、その角が円い満月を想わせる、まぎれもない水牛なのだ。
 現実にどこかで見た風景なのか、あるいはなにか映像だったのか、ついに判然とはしなけれども。
 古い記憶として脳裡にきちんと整理されているのだった……

 由布島の水牛は、むかし台湾から連れてこられたものたちの子孫、ということになるらしい。
 粗食でよく育つ水牛は、まずなによりも、牛より泥田に適応する労働力が評価され、さらには肉にもなり、また脂肪分ゆたかな乳も提供してくれる存在として、農民とともに生きてきた。

 周囲2㎞、面積0.15㎢という小さな島。
 もともと由布島の住民はみな、ほかの島々からの移住者だったのが、1969(昭和44)年の台風で島は潰滅的な被害に遭ったため、いまは定住者のほとんどない、昼間だけの、動植物のみの、観光の島になっていた。
 
 次の仕事を待つ間の水牛。
 かれらは2歳ころから車を曳く訓練をはじめ、3歳くらいから一本立ちするという。
 ほかに誰もいないところで対面したら、コトバが通じそうな、表情のあるおとなしい目。
 きれいに手入れされた灰黒色の肌が、うっすらと湿り気をおび。
 また客たちが車に乗りこむと、御者の合図を待つようにして、水牛たちは黙々と歩みだすのだった。