どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「宝島」から土産にもらって帰った「夜光貝」/  ようやく置物から飾り細工に飛躍するチャンス到来

-No.0987-
★2016年06月04日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1913日
★ オリンピック東京まで → 1511日




◆「夜光貝」の指環かペンダントトップか

 一昨日まで、3回にわたって再録させていただいた南西諸島「宝島」へ、若き日の冒険紀行。
 そこに一種エキゾチックといってもいい異彩を添え、また記録写真類の一切をうしなったいまとなっては、唯一のこる記念の品が、豪快な磯料理キャンプで味わった「夜光貝」の貝殻だった。
 殻の幅20cm(重さは2kg弱)もあるこの貝、「磨けばいい置物になる」といわれて土産にもらってきてから、ずっと、わが家の玄関や床の間に飾られ、独特の存在感を発揮してきたのだけれど。

 せんじつ、ひさしぶりに手にとったらナンということか、殻の内側にポツンとひとつ、黒っぽい染みのようになったところがあって、どうやらタバコの火を揉み消した痕…犯人はもちろんボクだ、覚えがあった。
 (ちょうど禁煙にふみきるころ…イライラの頂点にあった頃のことだったと思う)
 こんなふうにボクには、自分でも解しかねる不可解な、大事なのに大事にしない、ところがある。

 そのわけを、無理にもひきずりだせば、きっと「加工する気でいた」からだ。きちんと磨けばとれる汚れだと高をくくっていたのダ…じつに怪しからん。
 ご覧のとおり、大きさもさることながら真珠層の厚みも立派なこの大型の巻貝は、古くから螺鈿〔らでん〕細工の貴重な材料とされてきたもの。
 (ただ、その名のように夜間、この貝自体が発光するわけではない)

 南の海のサンゴ礁域に生息することで知られ、サザエとの近縁を物語る棘の退化した痕跡が、なめらかな殻にはのこっている。

 ぼくは、まず、その身の豊満な味わいから知ったわけだが……
 家に帰ってからちょと磨いてみると、ぜんたいにやや暗緑色がかって、そこに赤茶色の斑点を散らした殻の表といい、青みから金色みをおびた真珠光沢の内側といい、細工欲をかきたてるものが濃厚にあった。
 すぐに細工を手がけていたら、さて、どんな展開になっていたことか。

 けれども人間、きっかけをうしなってしまうと、どうにもしようのないもので、その後のぼくは、夜光貝を飾りものにしてかえりみることなく、永の歳月をすごすことになってしまった。

 そうして、正倉院御物などに見る螺鈿細工の記憶だけが、胸の奥ふかくにのこっていた。
 夜光貝からなら、最大で5cmから15cmほどの螺鈿素材片がとれるはず、という期待値とともに……

 《11.3.11》東日本大震災後にはじまったぼくたち夫婦の被災地巡礼で、木づくりワークショップをとおして出逢い、親交をふかめてきた人に、岩手県大槌町のSさんがいる。
 彼が真珠質の貝殻を細工することを知ったとき、ぼくは迷うことなく、「夜光貝」はこの人に使ってもらってこそ生きる、と思えた。

 すぐにプレゼントを申し出た、けれども。
 遠慮深いSさんには、どうしても受けとってもらえず。
 やむをえずそのままに、また、ときがながれた。

 そうして、今年。
 「片づいて生きる」目標をかかげたぼくたち夫婦は、家内のあれこれを見なおすことになり。
 飾りものとして置かれのこされていた夜光貝に、また意識が向いたというわけだった。

 貝の細工。
 いまは、こうした趣味的な分野のことなら、ネット情報でたいがいはことたりる。
 案の定、夜光貝の加工に関しても、たっぷり興味あるネタを掘り起こすことができ。
 (プロの細工師ばかりでなく、趣味人もけっこう存在するのであった)
 すると、俄然、細工にチャレンジする気がふつふつと湧いてきた、という次第。

 まずは、ぜんたいに磨きをかけてみて、貝のキモチ(もちあじ)もたしかめ、どうするかの方針をみちびくことになるだろう。
 したがって、この夜光貝の処遇については、またの機会にお話しすることになると思う。
 オ・タ・ノ・シ・ミ…に。