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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

トビウオが…水面に懸命な推進の軌跡のこして飛ぶ/ブレーキもかければ、進路変更もするという

-No.0981-
★2016年05月29日(日曜日)
★《3.11》フクシマから → 1907日
★ オリンピック東京まで → 1517日




◆甲板に飛び込むトビウオ

 鹿児島の薩摩半島から南、沖縄の海へと向けて、輾転とつづく小さな島々。
 南西諸島は、別名「花綵(はなづな=レイのようなもの)列島」そのものといえる。

 その、とば口。
 屋久島から奄美大島にかけての間に、この世のうごきからはとりのこされたような、トカラ(吐噶喇)列島という小島ばかりの連なりがある。
 
 なかのひとつ、宝島(お話し世界のことではない現実)へ。
 大学2年の夏に、友を誘って冒険の旅をした。

 ……………

 その顛末噺は、明後日お伝えする、ことにして。

 ……………

 鋼鉄船であるということが唯一頼りの、小さな船で、途中「七島灘」と呼ばれる目覚ましい潮流の海域を渡って行くのだが。
 その島人たちの〝生命線〟ともいうべき連絡船が、なんとトローリングの頑丈な釣糸を引っぱって行くのであった。
 そうして実際にみごと、釣りあげた大物のサワラが、船客の夕食にふるまわれ、ぼくらは船酔いにくるしみながらも、むさぼり喰らった。

 なお、そればかりではなく。
 早い潮の流れからは、胸びれ輝かせてトビウオたちが飛びあがり。
 なかには、海にもどらず甲板に飛びこむ「お客さん」もあって、これまた食膳をにぎわせることになり。
 なにしろ、都会育ちの学生たちの度肝を抜き……

 以来トビウオは、ぼくにとってトクベツの魚種になった。
 関東に春の訪れを告げて、トビウオが魚屋の店頭に顔を見せると、挨拶がわりにかならず食す。

 魚体が、流線型なのは回遊魚いっぱんの特徴だけれど、トビウオの場合はさらに、背から腹へと削げた逆三角。
 翼の役をはたす胸鰭を、いかんなくはたらかせるためにある。

 水圧おしのけて空中に飛びだし、滑空する魚体はさすが、身の締まりがちがう。
 それでいて、空に溶かしてしまったかのように血の色うすく、その身肉には短い青筋が散るばかり。

 「まご茶」という茶漬け飯がある。
 魚の刺身、醤油味に漬けたのを飯にならべ煎茶をかけていただく。
 ぼくは、トビウオの「まご茶」、隠岐の島での爽味極上を忘れない。
 …が、トビウオという海の幸、魚味としては、海の色と空の色まじわる水平線のごとくに澄明。
 つまり、愛想も色気もなさすぎる。

 思えば不思議な魚で、血の気も脂も少なく見え、それでいて、いい出汁がとれたりするし、寿司ネタにもなる。
 しかし、寿司ネタでは卵の「とびっこ」人気にはかなわない。
 陽を浴びたようなオレンジイエローにも覇気があり、卵のはじけるプチプチ感は江戸っ子の気っ風を想わせる。

 さっき隠岐の島の「まご茶」を讃えたばかりだが、日本海側では「あご」と呼ばれ親しまれるトビウオの特産品、「あご竹輪」「あご野焼き」はやはりプリプリ感が生命なのダ。
 ひとつには、小骨が多いので「たたき身」にしたほうが無難であり、房総では郷土料理の「なめろう」にもされる。
 干物にすると小骨が気にならなくなるからだろう、伊豆七島では「くさや」にも加工されるけれど……
 
 とまれ、この魚の真骨頂は、なんといっても「飛ぶ」ことにあり。
 いきおい、その生態、〝飛び魚〟に興味をうばわれる。

 そこで、さて、その飛び姿だが。
 トビウオは暖海性の魚だから、日本では初夏から夏にかけてが旬。
 ぼくの経験でいけば、ウォッチするなら伊豆七島通いの船がいちばんで、あと、沿岸フェリー初夏の風物詩ともいえる。

 ぼくも最初は、飛ぶだけで驚いたわけだけれど、その後、ウォッチ経験を積んでからは、細かい観察眼が身についた。
 すると…。
 人はみな、まずその飛翔のヒミツを胸びれにもとめたくなるのはやむをえない。
 実際、邪魔だからと切り落とされていないトビウオを買い求めることができたら、胸びれをとくと観察なされ。
 その、とうぜんプラスチック模型を圧倒的に凌駕する飛翔の仕組みに驚くばかり。

 しかし、ほんとの凄さはV字状に発達した尾びれにあり。
 とくにその下端が、上端より長く伸びているところに、じつは〝飛び〟の極意がひそんでいるのダ。
 (ぼくは、南西諸島の海での初会以来、ウォッチ経験をかさねてようやくのことに、トビウオの尾びれのうごきに注目がいくようになった)

 上掲の写真(『ウィキペディア』から借用)を見ていただきたい。
 トビウオが空中に飛びだす瞬間、尾びれの下端が…片仮名「ノ」の字をくりかえし刻んでいる。
 これが、ジェット推進をもたない生きもの、魚族、懸命の助走(助泳?)のあと。
 眼には見えないが、この後方、海中にも同じ「ノ」の字の水痕があるわけなのだ。

 こうして空中へ、飛びだしたときのトビウオの速さは時速35kmほど、ついで滑空にうつると50kmから最高速度は70kmにも達するとか。
 海面からの飛行高度は、3~5m。
 飛行距離には個体差があって、100mから600mと言われ……
 撮影により確認された飛行時間は45秒、とこどき水面を尾びれで叩きながら飛びつづけた、という。 
 
 ぼくは、もっと飛べる、と信じている。

 では、なぜ、飛ぶのか。
 マグロとかシイラとかいった大型捕食魚から逃れるため、と言われているけれども……
 (それで、ブレーキをかけて海中に戻ったり、飛行方向を変えることもできるのだ、と)

 ぼくは、好きで(遊びで)飛ぶこともある、と信じている。

 だって、そうでないと。
 (誤って)船に飛びこむ気が知れない。
 あれは、明らかに(うれしさに)勢いあまって飛びこむのだと思う。

 トール・ヘイエルダールの『コンチキ号漂流記』には、トビウオが昼も夜も飛びこみ、乗組員にぶちあたってきたことが記されていた。
 (やっぱり…つきうごかされるナニか、動悸があったとしか思えない)

 そんな”飛び魚”が産卵のとき。
 南太平洋では、潮の流れにのって漂う椰子の葉に、粘液に包〔くる〕まれた卵を託すのだが。
 より安全な産床をもとめ、中へ中へと潜りこむうちに、他のトビウオの卵を守る粘液に捕らわれ、命をおとす者もでてくるという。

 大自然ドキュメントの映像に、粘液の膜に搦めとられた母魚を見たぼくは、その痛ましさに鼻の奥がツンと痺れた。
 その母魚は、みずからが飛べなくなったばかりか、吾が子が空中に飛びだす姿を見ることも叶わなくなったのだった……