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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

オバマの広島…訪問は被爆者に〝感動〟をもたらした/プラハでのノーベル平和賞演説には及ばなかったが

文化・社会・観賞・読書・思想 思うこと・考えること

-No.0980-
★2016年05月28日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1906日
★ オリンピック東京まで → 1518日




ヒロシマ平和記念公園で17分の演説

 地球上の超大国〈アメリカの寛容と傲慢〉と、そして〈大統領のレガシー(遺産)〉と。

 昨日、オバマ大統領の”歴史的な被爆地ヒロシマ訪問”を、この二つに意味で見守った。
 (こまかいことは省かせてもらって…)
 
 17分のスピーチには、ちょっと意外だった。
 もっと短いメッセージになるのだろうと思っていた。

 アメリカの寛容と傲慢が、スピーチのどこにも顔を見せなかったのは、さすがたいしたものだった。
 …けれども、ぼくは、それだけになおさら、アメリカという国の複雑さとそんな国のリーダーとしての難しさが、ジワリと滲み出てくる思いがした。

 謝罪なんかよりもはるかに、たいせつなことだった核兵器廃絶を、世界に呼びかける力づよさはなかった。
 2009年春、プラハでの、あの後にノーベル平和賞受賞につながった演説の、溌剌として刺激的だった発信力には遠くおよばなかったが…。
 これはやむをないだろう、状況も、セレモニーの在り方も、立場も、歴史も…すべてが違うのだから。

 ヒロシマ訪問が実現することになったとき、ささやかれた、任期満了が近い「大統領としてのレガシーづくり」という懸念も、きれいに払拭されていて、ヨカッタ。

 それにしても……
 オバマの演説はうまいし、響きがいい。
 アメリカでも評価が高いそうだが、ケネディの演説を思いおこさせる。
 ケネディがリズムの演説なら、オバマの演説は呼吸(間)の佳さ。
 もちろん専門のスピーチライターがいるのだろう。
 その文章作法も能力も、うらやましいくらいに高い。

 いっぽう、くらべるとイヤでも見劣りがして、気の毒なのは安倍首相の演説だった。
 どんなスピーチライターが書いているのか。
 あるいは、この人の日頃のしゃべりと変わりがないところをみると、自分で書いたのか。
 いずれにしても、聞かせる術も、説得力にもかけて、空疎なコトバの羅列にすぎない、そのことに気づいてもいないのだろうか。
 ほんとに、口惜しいくらいに、その差、歴然。

 来年にはアメリカで、パールハーバー真珠湾奇襲攻撃)から75年の記念式典があり、いまの情勢なら安倍首相が招かれることにもなりそうな…。
 そのときに望むスピーチの準備を、ぜひ、いまのうちから始めておいてほしいと思う。

 それから、もうひとつ。
 オバマさんにも、安倍さんにも、アメリカ政府にも、日本政府にも、忘れてほしくないのは、あらためて”沖縄”のこと。
 
 こんどのヒロシマで〈ガス抜き〉されちゃたまらない。