どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

映画『スポットライト』-世紀のスクープ-/    シリアスでありながら心地よい昂奮がある…いい映画

-No.0946-
★2016年04月24日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1872日
★ オリンピック東京まで → 1552日




◆いい映画には呼びかける力がある

 これでもか…とばかりに新作映画が続々。
 これでもか…とばかりに”どや顔”の映画ばっかり。

 ぼくは、映画製作の現場にいた、演出スタッフだったことがあり。
 映画は娯楽、気もちよくなければ、と思いきわめており。

 そのボクが、このところ「いい!」と思える映画に、なかなか出会えないでいた。
 映画がみな、〈魅せたい観られたい〉意識がつよすぎて、イヤらしく思われるくらいだ。

 それが……
 『スポットライト』-世紀のスクープ-(2015年・アメリカ、トム・マッカーシー監督)
 を観て、ひさかたぶりに、スクリーンから心地よい昂奮を受けとりつづけた青春時代にかえって。
 「よかった、ね」かみさんとうなずき合ったことだった。

 この映画、日本公開の報せがあったときから、予感よりも確信めいたものがあった。
「お待たせしました」
 呼びかけられた気分のよさ…わかってもらえると思う。

 ストーリーは。
 カトリック教会、信仰を隠れ蓑にした組織ぐるみのスキャンダルを暴いた新聞ジャーナリズムの、事実(2002年)をもとにしている。
 それは、多数の神父による(全神父の6%にあたるという病的な)児童への性的虐待を、アメリカ東部の新聞「ボストン・グローブ」が取材・告発、「スポットライト」面の記事で伝えた-世紀のスクープ-だった。

 衝撃の内容(嫌悪感につながりかねない)を、カラッとしたサスペンス感に高揚させて魅せた映画づくりはみごと(アカデミー賞の作品賞と脚本賞を受賞)。
 テンポもよく、台詞も気がきいていた。

 いま、日本の〈ジャーナリズムの真価を問う〉声が高いなかで、タイミングのいい時期の公開にもなった。
 また、ぼくは、 かつての地球上一の大国で、世界の警察とされてもいたアメリカの〈寛容〉と〈傲慢〉について、オバマ大統領の在任中にいちどふれておきたいと思っているところだけれど…。
 この映画は、そんなアメリカの、市民レベルでのみごとな顕現と、いってもいい。

 役者もヨカッタ。
 ジャーナリスト映画の秀作というと、『大統領の陰謀』(1976年アメリカ、アラン・J・パクラ監督)が想いだされる。
 あの映画もよかった…が、ダスティン・ホフマンロバート・レッドフォードという、2枚看板の作品。
 こんどの『スポットライト』の配役には、(少なくとも一般の日本人にとっての)ビッグネームはなく。
 ボストン・グローブ紙幹部の編集総局長と部長、それに「スポットライト」チームの女性1人を含む4人、あわせて6人を中心とするアンサンブル・キャストによる作品。
 その意味では、ドラマとしてのまとまりも、気もちいい緊張感も、『大統領の陰謀』より上といっていい。

 現実としての事件とその取材現場は、ドラマのようなきれいごとではすまなかったであろう。
 それはいうまでもあるまいけれど、ジャーナリズムとその在り方に関心のある方にも、またない方にも、映像芸術に肩を入れる向きには、これは必見の映画といえる。