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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ザハ・ハディドさんの突然の訃報…新国立競技場も…/2020TOKYOそのものも未だ五里霧中

オリンピック・スポーツ

-No.0932-
★2016年04月10日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1858日
★ オリンピック東京まで → 1566日




◆あの当初デザインそのものはヨカッタ

 新国立競技場、当初案のデザイナー、ザハ・ハディドさんが亡くなった。
 知らせを聞いたのは4月1日。
 気管支炎の治療で入院していたマイアミの病院で、心臓発作で、65歳、突然の死だったという。

 ぼくは胸さわぎ……
 まだ4年以上も先、競技はこれからだけれど、イメージでの「2020TOKYOは終わった」感さえある。
 「なにもコントールされることなく終わったオリンピック」の名をのこして……

 ハディドさんが、宇宙的ともいえる雄渾なデザインゆえに「アンビルトの女王」とも呼ばれたことは、ぼくなど建築の門外漢は、新国立デザインのごたごた騒ぎがあって初めて知った。
 そもそも、それが神宮外苑の自然環境にみあったものであったのか、実現には膨大な建設費が見こまれることに誰も思い及ばなかったのか、はたまた公募と選考のプロセスと経緯はどうであったのか、などなど、不明で不届き極まりないことの数々ばかりだったけれど。
 そうして、もちろん、ハディドさんの側にもいたらない点があったことはタシカだけれど。

 ボクはいまでも、イラク出身の彼女の、ロンドン設計事務所による当初案を、高く評価している。
 惜しかった、ほかに相応しい場所柄をえれば、とてつもない衝撃の作品になっていたことだろう。

 これはなにも、ハディドさんが建築界のノーベル賞プリツカー賞」を女性で初めて受賞しているから、ではないし、権威ある王立英国建築家協会から「ロイヤル・ゴールドメダル」を授与されているからでもない。
 彼女の設計感性からは、ガウディに迫るかと思われるくらいの、魔力めいたものが湧き溢れていたからだ。

 それが……
 安倍首相じきじき、押っ取り刀の白紙撤回表明があって、以降。
 新国立競技場の、ひいては2020TOKYOの、さらには今後のオリンピック大会の在り方にまで、その波紋は大きな輪を広げた。
 イヤ……ほんとはもっともっと、うねるほどの波紋を広げて、徹底的に議論されてほしかったことがいっぱいある。

 建築家の理想と野望と傲慢と、とか、オリンピックに容れ物は必要不可欠なのか、とか。
 ハディドさんには、そんな議論の火付け役になってほしかった。

 見直し再公募で採用された隈研吾さんのデザインに対して、自身の当初デザインに似ていると、ハディドさんが申し立てた著作権交渉も、もっと突き詰めてほしかったし。
 事情はどうあれ、一度は採用された作品に対するその後のニッポンの、ほとんど手のひら返した冷たい仕打ちには、もっともっと憤りをぶつけても欲しかった。

 なにしろ、どうも官といわず民といわず、こぞって深刻な民族疲労に陥ってしまっているらしいニッポンは、このままでいくと国際的にみっともないことになりかねない。
 オリンピック・エンブレムのやり直し…霧の中。
 オリンピック予算の膨張…歯止めなく。
 フクシマ原発事故からの復興…なりふりかまわぬ無理強いばっかり。
 ひたすら船頭も帆柱もない漂流船みたいダ……