どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『見捨てられた初期被爆』という一冊の真摯な本/ 著者のstudy2007さんは亡くなって…

-No.0928-
★2016年04月06日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1854日
★ オリンピック東京まで → 1570日




フクシマ原発爆発を振り返る

 ぼくは自身を、文系科学的な人間だと思っています、が。
 数々の数値やグラフから読みとったり、分析とか解析とかをすすめることは、苦手です。
 集中すると分散する、どうにも頭に入りにくい。

 ですから……
 『見捨てられた初期被爆』(岩波科学ライブラリー)。
 A5版120頁そこそこの本を読み解くのにも苦労しました。
 その内容をズバリと、数値で明晰に示すこともできません、が。

 文系科学的に、誠心誠意ヨミとった思いは、捨て置けるものではありません。
 
 あの《11.3.11》、フクシマ原発で爆発がつづいたとき。
 ぼくたちは、避難を、首都圏からの退避を、真剣に考えました。
 いったん日本海側へ出て、ナゼか北海道へ逃げる計画でいました。
 土地柄、そっちに親しみがあったから、でした。

 結局とりやめることになったのは……
 ぼくたち夫婦はすでに、被曝の影響は少ないと見られる高齢に属したこと。
 (子や孫がいたら、まちがいなく避難行動をとっていたでしょう)
 ナゼか(わかりませんが)、事故は終息するように思えたこと。
 見えない放射線と身勝手でしかない距離感による、心に油断があったこと。
 恥ずかしいが、これは隠しようがありません。
 
 そうして、いつのまにか、ぼくたちの関心は、津波被災地、東北地方沿岸部への”巡礼”行動へと移っていってしまいました。

◆吾が死を見すえながらの論証

 さて……
 これは、もう、言うまでもないと思いますが。
 時とともに威力の減衰していく放射線被曝では、その初期にこそ最大の注意がはらわれなければならない。

 この本の著者、原子核物理の研究者(study2007はツイッターアカウントのペンネーム)が、つよく憤らざるをえないのは、あまりにも無防備で恣意的な、国とその周辺で行われた不注意と、非科学的で人道に反しすぎる隠蔽と糊塗とのかずかずでした。

 事故前に描かれていた緊急被曝防護の体制がもろくも崩れ去ると、(少なくとも結果的には)関係者こぞって、科学的な検討は放ったらかしで、初期被曝からの防護を見捨てたことです。
 被曝基準値はゆるめられ、身体除染はないがしろにされ、被曝の不安は「心の問題」にすり替えられ……
 ”人災”原発事故の被害は、目に見えないまま広く拡散し、深く浸透した、ということ。

 ですから、あのとき、ぼくが首都圏からの退避を考えたのは、まちがっていなかった、正しい判断だったわけです。
 にもかかわらず、確かな材料もないままに、せっかくできた正しい判断を無にしたぼくにも、初動ミスがあったことになります。

 著者は、そうした反省、厳しすぎた現実をふまえれば、フクシマの教訓はなんとしても生かされねばならない、考えから。
 少なくとも国は、原発から100km圏内の住民の、綿密な避難計画を策定する義務があることを指摘。
 それなくして、原発再稼働を推し進めてはならないことを訴えています。

 ぼくが、口惜しく思うのは……
 著者が、じつは2015年夏この本の上梓後まもない、同じ年の暮れに亡くなっていること、です。
 死因は(この本のなかでも告白されていた)癌……
 
 (合掌)瞑目