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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

働き者の集団にはサボる奴もいる必要がある…と/ 摩訶不思議な生きもののレゾンデートル(存在理由)

-No.0926-
★2016年04月04日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1852日
★ オリンピック東京まで → 1572日




◆疲れたら替わるから…ネ

 働き者ばかりの集団は、疲労すれば組織が弱体化する。
 いっぽう……
 ふだんはサボっている者を抱えた集団は、いざというときの交代要員がいるので組織を長く持続できる。

 2月17日に載った小さな新聞記事は、ふかい示唆に富むものだった。
 研究の成果を発表したのは、北海道大学大学院農学研究員のチーム。

 アリやハチなど〈社会性をもつ昆虫〉の集団には、ふだんはほとんど働かない個体が常に2~3割存在するのだ、という。
 厳しい生存競争のなかで、なぜ、そんな厄介者の存在が許されるのか、というところが研究の根幹で。
 結果……
 一見、ふだんの生産には貢献しない厄介者と思われる者が、じつは、働き者たちがくたびれたときのピンチヒッターになるので、長い目で見れば組織としては健全ということになる、と。
 つまり、レギュラーしかいない強そうなチームより、ふだんは試合にでることの少ない交代要員でも2~3人は混じったチームのほうが、最後は勝ち残れる、ということ。

 これは、なるほど人間社会にもあてはまる。
 集中的な効率をもとめすぎると、ひとたびなにかダメージを受けたときに取り返しがつかず、組織としての存続さえ危うくなりかねない、というわけだ。

 「それはないだろう」と、目を剥く方は、働き者なのだ、が……
 たしかにイルよね、現にサボるやつが。しかし、だ……
 サボると見える者の存在が、本人の意識とは別の次元の、たとえば社会的な要請によるものだとしたら、どうだろう。

 前に。
 どんな組織にも1~2割の、いわばオチコボレが存在するもので。
 たとえ選び抜いた精鋭だけの組織にした、としても、また、そこにはかならず1~2割のオチコボレが生まれる。
 という現象が指摘された。

 生きものが営む社会の、摩訶不思議な摂理とでもいうべきか。

 まぁ、現実には……
 これを人間社会におきかえた場合。
 大会社のような大組織なら可能なことでも、中小や個人商店レベルにとっては無理なこと、とか。
 それはイイ許すとして、だが収入にも差がないとなれば、やっぱり問題だと思う、といったような課題はアレコレ多い。
 けれども……

 北大の研究チームは、こうも指摘している。
 アリは〈仕事への腰の軽さ〉に個体差があり、腰の軽いアリから順に働きだす傾向がある、と。

 ここで、多くの人が声を上げるに違いない。
「それって、ニンゲンにもそっくりそのまま、あてはまってるんじゃありませんかぁ!」