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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「吉野桜寿司」を味わい…吉野山の春を想う/   一目千本の桜の名所は樹木の宝庫でもある

生活・食べる・飲む周辺 旅・散歩・遊ぶ

-No.0925-
★2016年04月03日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1851日
★ オリンピック東京まで → 1573日




◆味なご縁

 ぼくが、荻窪の「よみうりカルチャー」に月1回、「木工」教室の講師に通っていることは、すでにお知らせしてきた。
 第4週の金曜日、午後1時から4時まで、3時間の教室。
 ぼくが住む町田から荻窪のカルチャーセンターまでは、ドア・ツー・ドアで片道2時間ほどかかり。
 すると、この日は、ほぼ1日がかり。

 この仕事を引き受けるときには、考えた。けれど…
 運動がてら、採算なんかぬきでいこう、ときめた。

 移動の時間もあれば、交通費もかかる。
 しかも往き帰りには、小田急線のロマンスカーをつかう。
 帰りのロマンスカーでプシュッとする缶ビールの喉ごしが疲れを癒してくれる。

 ついでに、教室終了後は荻窪の駅ビル「ルミネ」と、町田の小田急デパート地下で、食材の買い物をして帰る習慣ができた。
 小田急デパ地下は鮮魚の品質がいいことで知られていたし、「ルミネ」にも惣菜の品ぞろえに気のきいた店を見つけたからである。

 3月の教室は25日にあった。
 「ルミネ」デパ地下の惣菜店で、おなじみ惣菜の幾品かと、翌朝用に押し寿司系の一折を選ぶ。
 これは月に1回、かみさんにも手間をはぶいてもらおう…気くばりである。

 弁当のたぐいを並べたコーナーに、この季節ならでは品があるのを見つけて、即レジかごへ。
 「吉野桜寿司」
 桜の開花宣言があってから4~5日、冷え込んではいるけれど花見の季節にちがいない。

 ひとつには、ぼくの脳裡に「吉野」=「桜」のイメージが、しっかりでき上がっていることもある。
 ぼくは吉野の山中・山麓を歩きまわって取材の経験があり、桧・杉といった木材資源の、どういったらいいだろう、それは「質・量のたしかさに裏うちされた木の香の佳さ」に圧倒された日々だった。

 なかでも感動させられたのが、杉の端材から作られる割箸の秀美。
 木材を無駄なく使いきる最終段階から、これほどに優れた実用の美が生まれるとは……
 「天そげ」と呼ばれる杉箸の逸品も、端材のいいところから得られるのダ。
 割箸をとったあとの”残り端材”が、チップや燃料にまわされる。
 後年、行きすぎた感のあるエコ騒ぎで、使い捨て「割箸」の罪が指摘されたとき、ぼくは秘かに思ったものだ(少なくとも日本の杉箸づくりにかぎってはそのかぎりにあらずだ)と。

 古来「日本一の桜の名所」と呼び声高い、吉野山(大峯連山の端から端までおよそ8キロの尾根一帯)のありようを、こころゆくまで眺めわたしたのも、このとき…しかし、それは桜の季節をすぎた若葉のころであり。
 にもかかわらず、どっしりと腰のすわった桜の、大木老樹に魂を奪われたせいだろうか。
 「一目千本」とも称されるシロヤマザクラ、豪華絢爛の花見の景は、すっかりボクのモノになっており……

 おかしなことに2004年の夏、この吉野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコ世界遺産に認定されると、ボクの「吉野山の桜」もほとんど確定的なものになってしまった。
 こんなのを「観ずともの確信」とでもいうのだろうか……

 さて…。
 その、買って帰った「吉野桜寿司」。
 翌日土曜日の昼に、真鯛・さより・えび・さけ・竹の子の5種、5個入りを二人で食べた。
 やや甘めの酢飯が、関西ふうの上品な味わい。

 ボクはふと、こうした関西ふう押し寿司系の品に、かつては満足できなかった青春の日があったことを想いだす。
 ボクはさほどに、魚の刺身にはほとんど目がないくらい好きで、すると、たとえば「柿の葉寿司」などに見られる薄くそぎ切りした刺身の、情けないくらいの薄さがウラメシかったのダ。

 それが、いつのことだったろう。
 ひさしぶりに、つと手を出した「柿の葉寿司」の魚身の熟れぐあいが、摩訶不思議なくらい舌をよろこばせてくれて、食味には歳も経験も出逢いも…なにもかもがあって、奥深いことをあらためて悟らされたことだった。

 「吉野桜寿司」5種では、とくにサヨリの春まだうすい風情がよくて……
 そうして、ぼくは想った(やっぱり吉野の桜はいちどトックリ見ておかねばイカンな)と。