どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

大衆酒場「親爺」のオヤジさんとの懐かしき再会/ 高級魚に出世したノドグロほか富山湾産魚の目利き

-No.0916-
★2016年03月25日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1842日
★ オリンピック東京まで → 1582日





◆3月10日(木)夕刻になるのを待ちかねて

 富山の駅近くに、むかし馴染みの「親爺」という、大衆酒場がある。
 富山城址公園そばのホテルにチェックインしたぼくは、小休止もそこそこに、かみさんを連れて町に歩み出た。

 金沢ほどではないにせよ、富山もまた北陸新幹線の開業景気にわいているらしく。
 町の中心部、総曲輪のあたりにも建築工事の槌音がしていた。

 突如、けたたましいサイレン音を響かせ、パトカーがタイヤを軋ませて交差点を曲がって疾駆。
 その前方を逃走車らしいのが、こちらも急にスピードアップするのが見えた。
 町は騒然となり、車の流れも、自転車や歩行者の群れも乱れる。

 ぼくは、さっき駅前から乗ったタクシーの運転手さんと、かわしたばかりの会話を思いだしていた。
 「どうですか? 近ごろの富山ナンバーのドライバー」
 「あいかわらずですよ、下手クソなくせに乱暴で、やたらトバすんですから」

 ぼくは、もう20年近く前になるだろうか、仕事で北陸に出張ることの多い時期が何年かあって。
 高速道路を飛ばして車で駆け巡ったものだが、その頃、地元の人から忠告されたのが「富山ナンバーはけっこうコワいですよ」というものだったのダ。

 富山県民の名誉のためにいっておけば、ナニも車の運転がオトナシクナイのは富山県にかぎらないのだけれども……
 たとえば営業車の多いウィークデーはまだしも、一般のドライバーたちが自家用車を転がすウィークエンドになると運転に注意を要する、ということが確かにあった。

 ……………

 騒ぎを遠く、駅前まで来ると、ボクはあやうく”迷子”になりかけ。
 立ちどまって懸命に方向感覚を研ぎなおす。

 再開発の進んだ町は、装いを一変させていたけれども、目指す店の一画はナゼかあまり変わっていなかった。
 心覚えの路地に入って行くと、アッタ! メッケた。
 大衆酒場「親爺」は、むかしのママに健在。

 いや、ママではないな。
 しもた屋ふうだった造りがビルになっており、表情は新しくなっていたけれども、間口の狭さはたしかに、むかしのママ。

 ガラス戸をからっと開けると。
 「よぉ、いらっしゃい、おひさしぶりぃ~」
 カウンターの向こうから、親爺さんが手を痛いほど握りしめ。
 「お元気そう…ヨカッタ」
 内儀の喜色の笑顔にも歳月はなかった。

 この店は、夕方まだ明るい4時から開いている。
 ぼくたちが店に入ったのが、まだ5時ちょっとすぎ、だが、カウンターの席がすでにほぼ埋まっており、先客がゆずりあってボクらの席をこさえてくれる。
 前から狭かった店内が、ビルになって、壁が厚くなっただけさらに狭くなってはいたが、そのぶん暖かくなった感じさえする。

北陸新幹線のおかげで、お客さんはたしかに増えた…かわりに、これまで泊りだったお客さんが、とんぼ返りしなきゃならなくなってさ、新幹線に乗る前に一杯やってくの、それで早い時間のお客さんが多くなってねぇ…」
 と、親爺はお客さんの身になって嘆く。

 もともとカウンターきりの店だったのだけれど。
 (ビルになって、いまは2階に小さな集いの席もできていたが)
 カウンターのなかに、親爺さん、お内儀さん、板長の息子さん、ほかにお手伝いの若い人が二人もいる。
 「やっぱりさ、息子じゃないとね、こんな小さな店、継いでもらえないよネ」
 親爺さんが、カウンター越しにすばやく囁く。
 ボクは黙って、親指をたてて見せる、それでつうじるのがウレシイ店。かわらない。

 じぶんでも包丁を握るぼくには、なにしろ小料理屋がありがたい。
 料理のいちいちを尋ねるまでもなく、隠しようのないカウンターのなかではたらく手を見ていれば、おのずと知れる。

 この店が、ぼくの目がねにかなったのもソレ。
 おまけに、この店の親爺、飾り気なしの魚の目利きときてる。
 いまや北陸の高級魚を代表するノドグロ(正しくはアカムツ、むかしはまださほどの人気ではなかった)の味も、ゲンゲやオキノジョロウの秘めやかな美味も、みんなここの親爺からボクは教わったのダ。

「オキノジョロウなんか、もう幻だョ、地曵(網)がなくなったからネ」
 それでもボクは、「ゲンゲの天ぷら」をメニューに見つけて、たのむ。
 この旅は、寒い日つづきだったから、熱々の「おでん」がてっぺんウレシく。
 くわえて北陸食文化の華「昆布〆」も、もちろん忘れることなくいただいて…。

 2時間ほど、ぼくらはいただろうか。
 その間ボクはずっと、カウンター席の混みぐあいを観ていた。
 自分でも、店の板場をあずかったことのあるボクは、そのへんに神経がこまかい。
 新しい二人連れのお客さんがあって、席がたりなくなるのを悟ったボクたちは、酒にほてった満足顔をその人たちゆずって席を立った。
 「また…ね、元気でいてよ」