どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「天橋立」の真価とは…「日本三景」ってなんだろう/それすなわち〝水墨〟の佳さにあるのではないか

-No.0911-
★2016年03月20日日曜日春分の日
★《3.11》フクシマから → 1837日
★ オリンピック東京まで → 1587日






◆〈股のぞき〉は額縁トリミング

 3月8日、火曜日。
 ここ2~3日(春めいてきたな)と思わせておいて…。
 この朝は、東海道新幹線に乗ったときから、”冬の日本海”らしさ偲ばせるような空模様。
 
 京都駅、端っこのホームから山陰本線に乗り換えてからは、いよいよ心もとなくなってきた。
 ときたまお陽さんが顔を見せることはあっても、ぜんたいには、いつまでもぐずぐずと雲が重かった。

 特急はしだて3号は、福知山から京都丹後鉄道(2013年3月までは北近畿タンゴ鉄道)に入って丹後半島へ、宮津へ、天橋立を目指す。
 丹鉄(京都丹後鉄道の略称)の福知山宮津宮福線”は、(もちろん地元民のためもあろうが)素人目には天橋立観光にかなり期待した感があるかにも思われたりする。

 さて、その天橋立
 駅に着くとすぐ、ぼくは案内所の人に「この天候で見晴らせますか」を尋ねた。
 近くの高みに天橋立ビューランドというのがあって、橋立名物〈股のぞき〉の見どころという。
 話しのタネにも上がって見たかったけれど、せっかくの眺望がダメなら意味がない。
 それほどアヤシイ空になっていたのだけれど…
「はぃ、だいじょうぶです」
 係りの若い男が間髪を入れずに請け合う。
 その呼吸がよかったので、上がる気になった、観光なんてそんなもんだ。

 北から、陸前(宮城)の松島、丹後(京都)の天橋立、安芸(広島)の宮島(厳島)。
 これを「日本三景」と称したわけで、ぼくも、地理的な興味を惹かれた覚えがある。
 多島海美の松島、砂州松原の天橋立、瀬戸浮き宮の宮島、いずれも風光の基幹は松。

 といいながら… 
 ぼくは三景のうち、これまでに天橋立だけを観ていなかった。
 さしたる理由はない、ただ通りかからなかっただけ、といっていい。
 もうひとつには、砂州の景は他所でもあちこち見られたために、インパクトが薄かったせいもある。

 そのせいか… 
 モノレ-ルで上がったビューランドからの砂州松原の景。
 (ははぁ、なるほど)と思ったきり、あとに気のきいた感想がつづかない。

 用意の石の台上に立って〈股のぞき〉もしてみたけれど。
 つまりは額縁、トリミングの効果ですよね…と。
 なんともつれない心境にさせるのは、垂れこめた厚い雲のせいか。

 ただ、川の流れに運ばれた砂と、海の波に運ばれた砂とで造られた砂州の、とくに海側の弧を描き連ねたリズムが気もちよくて、天橋立の真髄はじつはこれにあるのではないか、と思われたほどだった。
 春の観光シーズンを前に、まだ掛け布団をひきよせていたいらしいビューランドの、メリーゴーランドの電飾が寒い風にふるえ、その風に雨粒がまじると、もう台上にのこる気分ではなかった。
 下りのリフトの、ケーブルが黒く補助線を引いて、霞みかかる天橋立の輪郭を懸命にひきたてるようで、それがチョーンとひとつ柝の音が入ったようにあざやかに感じられたりした。

 ふと、ボクは”水墨”を想った。
 天橋立の佳さ、そして日本三景にも敷衍する深みをたたえた佳さというものの、本質はそこらあたりにあるのではないか。

 夏は海水浴場になる浜に出た。
 橋立をつらぬく松並木の道を、レンタサイクルの男女が行く。
 渡った先にはもうひとつの〈股のぞき〉の見どころ、笠松公園があるのだけれど、ぼくらは明神様の手前、蕪村の句碑のあたりで踵を返した。

 廻旋橋が開いて船がすぎる。
 脇の茶店のなかで猫が欠伸をしている。

 (日本三文殊のひとつ智恩寺の)文殊堂へは、山門の外から挨拶でごめんこうむり。
 門前の土産物屋を物色して歩く客足よりも、その左右からかかる客引き声のほうがにぎやかなのに背をおされ。
 駅前にもどったぼくは、名産の岩ガキでビールを味わいつつ、次の特急列車までの時間をつぶした。