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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『皇后の真実』を読んだ、庶民、中流の端くれの想い/皇室の深い闇からの風が吹きはらわれる日を願って

-No.0910-
★2016年03月19日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1836日
★ オリンピック東京まで → 1588日




◆美智子さんの評伝

 それまで…。
 ぼくは、皇室にまつわることには、ほとんど関心がなかった。
 というか、じぶんには関わりのないこと、関わり知れない別世界のこと、だった。

 旧華族でも上流階級でもない、庶民のなかでも中流の端くれくらいの半端な存在にとっては、まぁ、そんなもんじゃないですか。

 そんなボクは、かつて、「梨園」と呼ばれる歌舞伎世界、一門の”世襲”という制度に疑問を抱いた経験があり。
 しかし、その”血筋”にはなるほど、他人に有無をいわせぬものがあるのもたしかなことを知って、関心を失った記憶がある。
 
 その、さらなる上の上、天皇家についてなど、いわずもがなであった。

 それが、少しシチュエーションがちがってきたのが、美智子皇太子妃の誕生だった。
 民間人からの皇室入りが、どういうことなのか。
 不安なものを感じつつ、(なにかがかわりそうな)期待をいだかせた。

 けれども、その後もボクは皇室について、雑誌の記事にもテレビのリポートにも、ほとんど関心をよせなかった。
 やはり、他所ごとだった。
 それでも、いやでも入ってくる〈風の噂〉のそよぎ方で、おおよそつかんでいた状況は…。

 初の民間出身のお妃、美智子さん(皇室や旧華族社会などでは「さま」ではなく「さん」づけで呼ぶのが習わしだそうな、ナジメない)に対する抵抗勢力が、宮中およびその近隣に根づよく蔓延りつづけているらしいこと。
 その、執拗な虐めや嫌がらせに耐え、苦闘をしいられながらも乗り越えて半世紀余、皇后になってようやく”新しい皇室”像を成し遂げたこと。
 その後、二代つづくことになった民間出身の皇太子妃雅子さんは、美智子さんがひらいてきた道を歩めばいいのだからよかろう…と思っていたらどっこい、なかなかそう易々とはいかないのが皇室の特殊性らしいこと。

 ともあれ、戦後積年の慰霊・鎮魂の旅をとおして、ともに歩んできた天皇と皇后美智子妃の姿からは、執念のようなものが滲むのをぼくは近ごろつよく感じており、ともに80を超えたお二人のさきゆきが案じられること。そして。
 お二人なきあとの皇室を想うとき、これまでの美智子さんの努力にもかかわらず、また新たな多難が懸念されることだ。
 そんな状況があって…。

◆『皇后の真実』を読んだ

 工藤美代子著、幻冬舎刊のこの本は、オビに記された「新たな皇后像に肉薄するノンフィクション」というより、美智子さんの評伝といったほうがいいようにぼくには思える。

 400頁を超える長編の中身をここに詳述はできないが、その大概は上記ぼくの感じていたことを裏書きしていた、といっていいだろう。

 ただ、以下いくつかについては、ここにあらためて指摘しておきたいと思う。
 
 皇太子(当時)と美智子さんの結婚は、世にいわれた「テニスコートの恋」のような観念のものではなかったこと。
 昭和天皇の後を継ぐ立場を覚悟していた皇太子のもとへ、美智子さんは”愛と犠牲”の心をもって嫁いだこと。
 やがて天皇・皇后となって実践された慰霊や鎮魂、見舞いの訪問などで示された、たとえば、みずから床に膝をついて親身に語りかけられることなどは、みな、お二人の間に黙約された”ピュリファイ(浄化されること、清められること)”の心もちであったこと。
 いかに好意が根底にあったにせよ、あくまでも”読者うけ”の思惑をもつマスコミの態度は、多くのあやまちと誤解をふりまいてきたこと。

 そこで…現、皇太子妃雅子さんには。
 同じ民間出身の苦労を超え、美智子さんがなしえた「皇室の未来を照らす一灯」につづいてほしい、と願うばかりです。