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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

東京マラソン、国内期待の選手に覇気は見られず/〝マラソン日本〟復活の道…前途は厳しい

オリンピック・スポーツ

-No.0908-
★2016年03月17日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1834日
★ オリンピック東京まで → 1590日












◆2020TOKYOには光明?

 ことしも2月28日(日)、東京マラソンの模様ながめに沿道へ出張った。
 第1地点は品川駅前の折り返し点付近、スタートから15~16kmあたりになる。
 大会関係者、交通規制の警察陣、ボランティアや熱心な観衆たちが見守るなか、まず車いすマラソンの選手が先導役をつとめてすぎて行く。
 競技用車いすのスピードは半端なものではない。

 やがて、男子マラソンの先頭集団がやってくる。
 ゼッケンに「PACE」と記されたペースメーカーもふくめて、アフリカ勢の黒人選手ばかりのなかに、日本選手は村山謙太(旭化成駒澤大卒、23)くん、ただ一人。
 (ぼくは、アレッと目を疑う)

 今井正人トヨタ、順大卒、31)くんも来ない、藤原新ミキハウス、34)も来ない、出岐雄大(中国電力青学大卒、25)も来ない。
 スタート前から「東京は高速マラソンになる」と言われていたのに、どうしたことか。
 「前に行って勝負すると決めていた、ほかの日本勢が来ないので、なにやってるんだと思った、あれじゃ日本人トップになっても世界では勝てない」
 ゴール後、村山謙太くんが述懐していた。

 第二集団のかたまりのなかでも、目についたのは服部勇馬(東洋大、22)くん、一色恭志(青学大、21)くんと、学生ばっかり。
 (こりゃイカン)
 ぼくは第2地点の浅草へ、都営地下鉄でいそぐ。
 先まわりのつもりでいたが、予想どおりの高速レース、27~28km付近にあたる雷門前まで30分余、間にあうかどうか。

 浅草駅は、この日曜日、ふだんにも増しての人出でごったがえしており、ほかの駅から応援の交通整理員が出張ってきていた。

 なんとか間にあって、車いすマラソンの女子選手トップにつづいて、男子マラソン選手が近づいてくる。
 しかし…。
 (やっぱりマズイな)先頭集団から頼みの村山謙太くんも遅れて、走りが苦しくなっていた。
 (後でわかったことだが、右足親指のマメがつぶれた彼は血を滲ませたシューズで走っていたらしいのだけれど、ボクは気がつかなかった)

 ぼくは、ふたたび都営地下鉄に潜って、第3地点の東銀座、35km付近へ。
 (これじゃ、リオ切符どころの騒ぎじゃない)
 気があせったボクはエアポート快特電車に飛び乗ってしまい、東銀座を通り過ごして新橋からバックしてくるという、とんだお粗末。
 息せき切って地上に出た頃には、先頭も第二集団もすでに走り去った、あとの祭り。

 すっかり人気者になったランニングポリスが二人組で、周囲に目をくばりながら声援を浴びており。
 沿道の観衆に尋ねると、「日本選手? 遅れた、ダメだね」。
 すっかり意気消沈したボクは、もうゴールの東京ビッグサイトにまわる気も失せていた。

 結果。
 男子マラソンの優勝はエチオピアのリレサ選手で、記録は2時間6分56秒。
 日本人トップは、一般参加の高宮佑樹(ヤクルト)選手で、2時間10分57秒、トップからは4分遅れだった。
 女子マラソンの成績も、似たようなもの。
 車いすマラソン女子、土田さんの大会9連覇でリオ代表内定、男子車いすは日本人トップの3位でリオ内定…にくらべてもハッキリ見劣りがする。

 どうして、こうなったか。
 期待された日本の招待選手、とくに社会人には、ざんねんながらそれだけの底力がなかったのだから、やむをえない。

 いっぽうで、翌日の新聞には。
 2020TOKYOに向けては「芽吹いた希望」と、学生陣の健闘を称える記事が載った。
 いわゆる箱根駅伝の若きスターたち、2020オリンピックを目指す世代への、早々とした期待の移行(?)。

 それをつよく印象づけたのが、青学大の二人。
 3年生の一色くんが11位(日本人3位)に入り、彼のマラソン練習パートナーを志願して力をつけた2年生の下田裕太(19)くんが、その一色くんをかわして10位(日本人2位)にくいこんだ。

 また、彼ら二人に後れをとったとはいえ、東洋大4年の服部勇馬(22)くんも、ほろ苦い結果ではあったけれどマラソン・デビューをはたした。
 さらに、アクシデントがあって終盤に失速、30位に終わった社会人1年生の村山謙太くんしても、高速ペースをおそれず流れにのってみせたことは、貴重な国際経験になるはずだ。

 レース後、青学大の原晋監督は2位の下田くんを「金の卵の将来性を見込み、4年後の東京オリンピックを見据えてリオの代表候補に」と注文をつけた。
 いっけん唐突にも思われる発言ながら、現在の日本マラソン界の低迷ぶりを想うと、〈改革の道すじへの提言〉といっていい。
 (ちなみに、陸連の選手選考に〈将来性〉の選択肢はない)
 自校の長距離選手指導に、パラリンピック視覚障害者マラソン選手に協力する、伴走者の育成にも力を入れたいとする原監督の積極性に、ぼくは期待したい。

 原さんには、また、マラソン代表の選考方法に、”記録会”制の導入など、複数のアイディアがあると聞く。
 陸連も、我に固執するばかりでない度量の大きさを、望んでおきたい。