どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「守る」ということ…と「責任をもつ」ということ/「公」と「個」がどうあるべきか…の課題でもある

-No.0907-
★2016年03月16日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1833日
★ オリンピック東京まで → 1591日





◆重要原稿草案 2011・3・20

 《11.3.11》から5年を迎えて、マスコミこぞって年に一度の「あの日を忘れるな」騒ぎでした。
 それほどタイセツなことなら、年の一度じゃスマナイはずなんですが……

 2月20日(土)の東京新聞に、ひさしぶりに同感の肩をたたきたい”気づき”の記事が載りました。
 白抜きの見出しは。
原発事故 政府の力では皆様を守り切れません」
「首都圏避難で首相談話草案」

 福島第一原発東電)の事故で、首都圏で大規模な避難が必要になる〈最悪のシナリオ〉に備え、極秘におこなわれたものとか。
 当時の民主党政権下、首相は菅直人さんでしたね。

 400字原稿用紙7枚分、2800字におよぶ長文(同紙は草案の全文を掲載)のなかには、「ことここに至っては、政府の力だけ、自治体の力だけでは、皆様の生活をすべてお守りすることができません」と率直(…すぎるくらい)な心情を吐露する表現もあり。
 全体して、まず政府の責任を認めて謝罪、所管役所(経済産業省)と東電の責任追及を約束したうえで、首都圏民に健康被害のおよぶ可能性がでてきたので避難してほしいこと、その場合にはパニックを避けるため弱者優先、相互扶助の原則を守って行動してほしいこと、などを訴えるものでした。
 
 この〈万策尽きた場合を想定した談話〉の草案は、当時の文科省副大臣が作成を依頼、書いたのは劇作家の平田オリザ(官邸の情報発信担当内閣官房参与)さん。
 副大臣はイザというときに備え独断で(官邸の指示ではなかったが、必要になれば提案するつもりで)準備したと語り、平田さんには「戒厳令になるよりはまし」という思いがあったといいます。

 この談話は結局、その可能性が少なくなった(ホントに?)ことから実現にはいたらなかったとされます、けれども、実際には首都圏にも放射性物質の汚染がおよび、”フクシマ原発メルトダウンという深刻な事態を招いていた事実は、あとで知らされることになりました。

 それよりなにより、ぼくがたいせつに思うのは、こうした現実的な状況把握と、その誠実な対処法を考えた人があった、ということ。
 どんなに、国が「守ります」と広言したところで、現実的でなければ虚言にすぎません。
 だれも「責任はもてない」、その場しのぎの言い逃れ。
 できないことは認め、協力をお願いするのが最低限の「責任をもつ」ことでしょう。

 現にいま、原発再稼働にともなう万が一の場合の「避難計画」が、各地で頓挫するか、暗礁にに乗り上げています。
 だれも「安全な避難なんか約束できない」から、机上の空論にしかならないから、デキナイし。
 住民もそれがわかっているから、はじめから信頼なんか寄せていない、とても哀しい関係です。

 これは、「公」と「個」との信頼関係をどう築いていくか、の課題でもあります。
 しばらく前から、この国では、官民共同(協働)ということばが流行りですけれど。
 「官」も「民」も、どちらもが自分に都合よく考えている、ところが多い。
 要は〈利用する〉態度を上手にとりつくろった、じつにイヤらしい考えといっていい。

 「国」でも「自治体」でも、どうにもできないことがあり。
 いっぽうで「個」や「民」では、どうにもできないことがあり。
 それらを、たがいに理解し、真実のところをぶつけあって、よりよい方向性を見つけていくのが、やっぱり、あるべき姿というものでしょう。

 原発事故にともなう避難行動などは、まさに、その最たる事例、それこそ官民協働しなければ、どうにもならないのは、わかりきったこと。
 この「重要原稿草案 2011・3・20」は、人々がみな読んで参考にし、心えておかなければならないことを、訴えています。

 ところで、ここでひとつ気になったのは…。
 当時の首相、菅直人さんのコメント。
 「私は知らないし、見たのもはじめて」と、それに違いはないでしょう、けれど。
 一国の宰相をつとめた身であれば、またさらに、このときの状況をかえり見ればおのずから、もうすこしマトモな、自身を支えてくれた人たちの働きにむくいるコメントができなかったものか。

 いまの自民党安倍政権の強権ぶりもひどいけれど、それにとって代わることができない民主党の不甲斐なさも、とどのつまりは「信頼するにたる」だけの責任感に欠ける、といえるのだはないでしょうか。
 政治に人材がない、のが、この国の不幸です、マチガイなく…。
 決定的な民族劣化でないことを、祈りたくなります。