どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「心筋シンチ」と身体を突き抜けるガンマ線のこと/放射線に対するカクベツな倫理観がもとめられるワケ

-No.0906-
★2016年03月15日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1832日
★ オリンピック東京まで → 1592日





◆俎板の鯉になって想ったこと

 3月1日に、年に1度のご奉公を務めてきた。

 ぼくが冠動脈狭窄による狭心症で、ステント留置術を受けたことは、すでにお話した。
 手術は北里大学病院だったが、予後のことは北里東病院の心臓二次予防センターで診てもらっていることも、前にお話した。

 年に1度の検査と診断は、関所みたいなもので、なにか不都合があれば通り抜けられない。
 1年かぎり有効の通行手形に替わるのが、身体検査というわけで、診断の結果はよくても1年1年執行猶予の積み重ねみたいなものだった。

 1年の執行猶予をもらうのに、朝から午後一まで半日がかりの検査、つまり計器による尋問を受けるが、もちろんお追従や誤魔化しは通用しない。
 手術とおなじ〈俎板の鯉〉だ。

 採血・採尿やら、エコー検査や胸部レントゲン撮影など、ひととおりの流れのなかで、もっとも重役と位置づけられ、吟味も前後二度にわたって念入りなのが、放射線核医学検査室でおこなわれる「負荷心筋血流検査」というやつ。
 「ハザードシンボル」と呼ばれる放射能マーク付き管理区域内、ごていねいにスリッパまでマーク付きのエリアへ、みずからフルネームを名のってはじめて入室をゆるされる。

 さて、どんなことになるか……
 朝いちばんの部では、心臓に負担(負荷)のかかった状態にするための薬液を点滴のあと、血流分布を調べる薬を投与して、心筋細胞にどれくらいの血流がたもたれているかを撮像する。
 (この心臓負荷には、運動負荷といって自転車のペダル漕ぎをすることもあり、ぼくにも経験があった)
 そのためにボクは昨晩9時すぎから、検査に支障をきたすカフェインの摂取をやめ、朝食もぬきで馳せ参じている。

 負荷の実感は胸が熱くなってくるのでワカル仕掛け。
 痛くも痒くもないが、けっして気分のいいモノではない。
 しばらくして、点滴投与される薬というのが、ガンマ線を放つ放射性医薬品(アイソトープ)。

 そのうえでガンマカメラで心臓の細部を撮影、これがつまり「心筋シンチ(グラフィ)」と呼ばれる画像診断法。
 ま、いってみればCT(コンピュータ断層撮影)の仲間内みたいなものだが、「く」の字形の装置を180度回転させつつ30分ほどをかけて詳細に、慎重にすすめられる。
 こちらもそれに倣って、極力わが身をつつしみ、粗相のないように務めさせられる。

 それから3時間ほどの間をおいて…。
 (といっても、被検者のほうはこの間にほかの検査をこなしてヒマなぞなく、せいぜいできる自由は軽食・喫茶くらい)
 もういちど安静時(負荷なし)の血液の流れ(心筋細胞に確保される血液の量)を調べる薬の注射と、さっきと同じ撮像がくりかえされ。

 この二つの画像(負荷と安静)を比較することで、心臓の状態を細大もらさず知ろう、というのだった。

 ボクは、ガンマカメラ装置の”CTベッド”に身を横たえ、目には見えないガンマ線の放出を想いながら、俎板の鯉になっていた。
 放射線の力が診断に役立ったことはたしかにチガイなく。
 (レントゲンも、ガンマ線と同属といっていい、透過性の高い電磁波で、粒子であるアルファ線ベータ線を遥かにしのぐ遮蔽突破力を利用されているのダ)
 しかしとうぜん、それにともなうリスクはあるわけで。

 ガンマ線に、DNAを傷つけることによる発癌作用があることは知られており、致死線量は約6グレイといわれる。
 「心筋シンチ」で投与されるアイソトープのは「ごく微量」と、検査案内には書いてある。それは「心配のないレベル」という意味…だろうが。
 「被爆」も事実にチガイなく、それを裏づけるように「放射線は短時間に減衰、体外に排泄される」ことまで、ていねいに言及されていた。

 「被爆」で身体に影響のあらわれる「最低線量」ということが、よく言われるけれど……
 そんなの”天に唾する”ほどに無意味なことだ。
 膨大な数の(多くの研究者の命をも含む)人体実験と状況証拠を積み重ねたところで、最低線量という線引きには意味がない。

 ボクたち人が知るべきなのは、そのことではないか。
 あの5年前の《11.3.11》の騒ぎのさなか、放射線の専門家を名のる人たちのなかから、「レントゲンのレベル」とか「飛行機に乗って浴びる程度の」とか、科学者として恥ずべき発言があった。

 そうではない、のだ。
 科学者とか医者とかにもとめられるのは、一般人を遥かに凌ぐ、高いレベルの生命倫理観ではないのか。
 それを「わかった」結果「ひきかえす」勇気と、言いかえてもいい。

 俎板の鯉のボクは、ふと、わが「かかりつけ医」の言を思いだしていた。
 喫煙に訣別する前後の時期、みずからの肺の状態を気に病み「レントゲンを撮ってみて」と申し出るボクに、彼は言った。
 「レントゲンも1年に1度くらいがいいところじゃないですかね、X線照射が発癌の引き金になることもあるわけですから」

 ……………

 「心筋シンチ」もふくめた検査結果が知れる、診断の日は2週間ほど先になる。