どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》から5年、きのう1日だけそればっかり/せめて前後3日間くらい〝かかりきり〟になりたい

-No.0903-
★2016年03月12日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1829日
★ オリンピック東京まで → 1595日




◆〈ひと〉の時間を〈地球〉の時間にいかに刻みつけるか

 災害があるとかならず、〈風化〉させてはならない、と叫ばれ。
 けれども、いつだって、〈風化〉は避けられない。

 このジレンマは、〈ひと〉の時間軸と〈地球〉の時間軸の違いからくるものだ、といわれる。
 つまり、波長があわない、きっと永久に…。
 とすれば、ボクらが心がけなければいけないことは、ただひとつ。
 〈地球〉の時間に〈ひと〉の時間をいかに刻みつけるか。
 もちろん、それは同時に、〈ひと〉の時間に、いかにして〈地球〉の時間を刻みつけるか、ということでもあるのだが。
 けれども…。

 あいもかわらず、わずか1日の〈とくべつな日〉で、終わる。
 あとは、いつもの日常にもどって、また1年さきを待つばかり。

 ことし、東日本大震災から5年目の朝は、北陸富山で迎えたのだけれど。
 そうして、東京にもどるまでの新幹線の旅時間もふくめ夜10時すぎまで、ボクはそのことばかり考えていたのだけれど。

 みなさん、仰ることはみな、そのとおりなのだけれど。
 なにも、新しいことはなくて、すぎた。

 きょう土曜日も、いちおう《11.3.11》のなかにはあった。
 あすの日曜までは、まぁ、この流れのなかだろう、けれど。

 新聞の記事ひとつひとつ、テレビの番組ひとつひとつは、ほとんど皆それぞれが、そのときかぎりだった。
 これでは、長い〈地球〉の時間軸に〈ひと〉の時間軸など、けっして刻みつけられはしない。

 せめて、〈祭り〉の3日間くらいの集中ができないものか。
 あの日のことを、もういちど思いおこす…前夜祭(宵宮)。
 それから現在までの、進んできた道を語る…本祭。
 明日から、将来にむけて見つめなおす…後の祭り。

 
 少なくとも。
 あの《11.3.11》でたいせつな人の命をうしなった方たちには、毎月の〈命日〉が繰り返されているのだから…。