どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

映画『噂の二人』からLGBT時代を考える/   ぼくが愛してやまない二人の米英女優、共演

-No.0897-
★2016年03月06日(日曜日)
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レズビアンを疑われた二人

 ウィリアム・ワイラー監督の映画『噂の二人』(1961年アメリカ、日本公開は62年)を、ひさしぶりに観た。
 親友の二人が共同経営する寄宿制の女学校。
 軌道にのりはじめた矢先に、ひとりのわがままな生徒の告げ口から、同性愛関係の噂をたてられた二人。
 彼女たちの青春は暗転し、人の心と性の深層が明らかにされていく。

 親友への嫉妬心を恥じ、自殺においこまれるマーサをシャーリー・マクレーンが演じ。
 親友に嫉妬された自身をふりかえり、恋人との間にも溝ができてしまうカレンをオードリー・ヘプバーンが演じた。

 ぼくが愛してやまない二人、米英スター女優の共演に魅せられた青春前期が懐かしい。
 どちらもキュートで、どちらもチャーミングで、個性のあらわれようがまるでちがう、対照的な二人がヨカッタわけだが。

 こんど見なおして、いま世情をにぎわす性的少数者(LGBT)の課題を考えるうえでも、よいのではないかと考えた。
 レズビアン(L=女性同性愛者)にしても、ゲイ(G=男性同性愛者)にしても、バイセクシュアル(B=両性愛者)にせよ、またトランスジェンダー(T=性同一性障害など心と性の不一致)にしたところで。
 ”偏見”や”管見”をとりのぞいて、ごく素直に見ることさえできれば、異常でも差別すべきものでもなく、男女二分にこそ無理があること、明らかではないか。

 ボクは、祭りの「小若」や小学校の演劇クラブでの、紅・白粉にせっしたときの昂奮を忘れないし。
 中学・高校生になって経験した女装の、一種異様ともいえる恍惚感も忘れがたく。
 社会人になりたての頃には、映画館で同年輩の男から、また横須賀のバーではおっかないような米兵から言い寄られ、鳥肌だちながら覚えたあやうい快感、いまも夢に見る。

 ぼくが〈そちらの側〉に立つことがなかったのは、じつをいえば、結局はそのときどきの環境であり、つまりは一線を超えるキッカケがなかっただけ、というしかないのダ。

 そういう見かたで観ると『噂の二人』、あらためていい映画。
 劇場でリバイバル公開してもイケるのでないか…。