どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

JRタワー・T38(タワー・スリーエイト)で…/〈感じて〉みた札幌の色・匂い・表情

-No.0891-
★2016年02月29日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1817日
★ オリンピック東京まで → 1607日








◆ここはホントに札幌なのか…

 大倉山ジャンプ競技場の展望台から、街場に戻ったぼくら。
 冬はコレ、札幌ラーメンふぅふぅ啜って、ひと息ついて。
 札幌駅へ。

 いまどき、来訪客にとっての玄関口は千歳空港だろう、けれど。
 市民の日常にとっての玄関口、いわば〈内玄関〉はやっぱり札幌駅であった。

 …で、駅のどこへ行きたかったか、といえば。
 JRタワーの展望フロア「T38」、タワー・スリーエイト。

 じつは。 
 大倉山のてっぺんから市街を望んだとき、その意外なほどの近さにボクは驚いた。
 (ジャンパーたちには、札幌市街に跳びこむほどの度胸がもとめらていた)
 北海道の佳さの基本の「キ」は、ニッポンばなれしたスケールのでかさ。
 少なくとも、恋人に抱かせるイメージのレベルは、そこにある。
 (分からなくなったら、視点を変えてみる)

 しかもそのワカラナさは、きのう札幌に着いてからずっと感じていた不安とも、通底していた。
 〈不安〉は、札幌の色も匂いも感じられないこと、だった。
 はっきりいえば(この街はホントに札幌なんだろうか)ということ。
 そんなの、アリエナイ。
 それともあるいは、ボクの視覚や嗅覚に狂いでもあるのだろうか…。
 (見えなくなったら”高み”の上ってみる)

 地上173mの展望回廊をめぐると。
 雪まつり会場の大通り公園は間近、大倉山ジャンプ競技場も指呼の間。
 北大キャンパスも、藻岩山も、北海道百年記念塔も、札幌ド-ムも、それぞれに存在をアピールし。
 石狩湾から小樽方面にかけての海や、道北方面の原野を望む視界は午後の陽射しに霞みつつ…。

 しかし…。
 やっぱり、ワカリません。
 ここが、札幌? これが、札幌?

 想いかえしてみると、ボクにとって札幌は、ずっとそう、ずっとそのまま。
 道都としての独自性を主張しつづけながら、じつは個性的であることを避け、ひたすら無色透明・無味無臭を追求しているようでさえある。
 (もしかすると、その方向性は未来的なのかも…だが)

 ふと、かみさんは…と見れば、コーヒーカップ片手にソファでぼんやり、アンニュイのなか。
 つくる微笑みに疲労感がにじむ。

 こんどの北海道は、かみさん身内にまつわるアレコレ〈片づき〉の旅。
 きのう千歳に着いたその足で、札幌市内に見舞いもかねた再会のときをかさね。
 きょうはまた、その時を忘れて気分転換のつもりの、〈心の旅〉を旅して。
 さすがに、くたびれていた。

 明日は列車で函館に向かう、眼下にはその鉄道のレール。
 (列車は逆方向に向かう…)ことを、ぼくは思った。
 
 かつて、函館から札幌へのルートは、小樽経由の函館線があくまでも”本線”であり、苫小牧経由の室蘭線は脇ルートであった。
 函館-小樽-札幌ときたレールが、ここからさらなる”奥地”を目指す開拓路線となってつながっていたのだ、が。
 のちに形勢は逆転。
 噴火湾まわりの室蘭線ルートがメインとなったいま、札幌駅を出る函館方面行き優等列車はみな、”逆向き”のかたち。

 それが、いまの北海道だった。
 そうして、この春にはいよいよ新幹線が、津軽海峡を渡って北の大地にやって来る。
 将来、この北海道新幹線が札幌まで延伸されたときには、この”逆向き”が解消されることになる。
 それが、どうあれ、これからの北海道…。

 「T38」、展望フロアへのエレベータ-内壁には、札幌市の街路図と、ニューヨークあるいはパリの街路図とを重ね合わせて比較してみる、そんなこころみがなされていた。

 さっきは、ひたすら無個性化をめざすかに感じられた札幌の街だったが、じつは〈色づけ〉模索中なのかも知れない。
 なかでボクがおもしろいと思ったのは、パンフレットに紹介されてあった、このタワー展望フロア(173m)と道内市町村標高との比較。
 『幸福の黄色いハンカチ』の夕張駅(295.1m)は、ここより高く。
 『北の国から』の富良野駅(170.2m)は、ほぼ同じ高さ。
 道東オホーツク原野の北見駅(72.5m)は、グッと低きにあった。