どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ラージヒル・ジャンプ台の醍醐味、大倉シャンツェ/スタート地点に立っただけで喉に渇きが…

-No.0890-
★2016年02月28日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1816日
★ オリンピック東京まで → 1608日















◆足がすくむ、猛者もビビる

「ゲレンデで突っ張ってる猛者連中だって、あのジャンプ台に立ったらチビリそうにビビる」
 札幌出身、ちょこっとジャンプ競技をかじったこともあるという友人が言った、オレはコワいからやめた、と。
 聞けば彼は、ジュニアも初歩の入り口でビビったらしいから、大倉山のジャンプ台から飛びだしたことがあるわけでもなく。
 スキーのジャンプ競技というのは、それほどにオソロシイ印象が強烈だった。
 陸上競技棒高跳びを愛するぼくは、スキーのジャンプ競技も好きだった。

 スタート地点から下界を見たら、実際どんなものなのか。
 ぼくはジャンプ台に、それも国際級ラージヒルの大倉シャンツェシャンツェはドイツ語でジャンプ台のこと)に立ってみたかった。

 念願かなって一度、上ったことがあるのだけれど、それは汗ばむほどの夏のこと。
 たしかに高く、鋭い斜面ではあったが、緑の樹木や草におおわれたそこは、むしろ吹く風が気もちいい滑り台。
 (こりゃやっぱり雪のシーズンでなけりゃイケナイ)のであった。

 リトライのこんどは、雪まつり大通公園から地下鉄に乗り、東西線の丸山公園でバスに乗り換え、大倉山競技場入口バス停からは雪の坂道を10分以上も歩いて辿り着く。
 ジャンプ台の立地なら、まぁ、そんなもんだろう、が。
 前回、夏に来たときには車で案内されたのでもあったか…移動の記憶がなく、ひょいと台上に立ってしまった感があった。
 (やっぱり、吾が足がとらえる実感がないとダメですね、歩けなくなったら旅になりません)

 現在の大倉山ジャンプ競技場
 標高307mの大倉山、東斜面にある、といいますから、それ自体たいした高さではない。
 けれども、ジャンプ競技のために伐り開かれた雪の斜度の鋭さは、緑の夏とはくらべものにならなかった。

 エプロンステージのように広がるランディングバーン(着地斜面)下の辺りを、大型雪上車のようなものが雪面ならしに動きまわっている。
 その重機を目安に、ふり仰ぐジャンプ台の高さ、半端じゃない。

 下からジャンプ台頂上の展望台までは二人乗りのリフト。
 動きだしてすぐに、2012年に記録された伊東大貴選手のバッケンレコード(そのジャンプ場の最長不倒距離)146.0mを示す掲示板。
 ちなみに、女子のバッケンレコードは2011年、高梨沙羅選手の141.0mである。
 ヒルサイズ134m、K点(飛距離基準点)120mのラージヒルシャンツェ、ランディングバーンを雪面ならしの雪上車が上がって行くさまは、まさに雪の急斜面に張りつき、懸命にシガミついている感じ。

 やがて「カンテ」と呼ばれる「踏み切り台」が近づき。
 五輪マーク飾られたこの切り崖から、選手たちは時速90kmものスピードで飛びだして行くのだと、思えばグッと生唾もの。

 怖々うしろを振り返れば、ジャンプはけっして飛ぶのではない落ちるスポーツ、との認識に尻がむずむず。
 (ちなみに、同地にある札幌ウィンタースポーツミュージアム1階、体験フロアでは、バーチャル・ジャンプやテイクオフ・タイミングの体験なども楽しめる)
 転げそうな急階段のアプローチ(助走路)には、係員たちが三々五々散らばって、雪かきに余念がなかった。

 まさしく”逆落とし”の展望台。
 タワー展望台のような高所恐怖感はないものの、気もちは退き気味にならざるをえない。

 ジャンプという競技、スキー遊びから自然発生したものだそうだが、俗には「むかし北欧で囚人の刑を免ずる措置として行なわれた」とする説もある。
 つまり、恐怖を克服して遠くまで飛べた者は釈放されたという、それほど度胸・胆力のいる競技とされる。

 展望台からは、正面に札幌市街の大通り公園やテレビ塔、札幌ドームなどの眺め堪能しつつ、ラウンジで飲み物でもどうぞ、という趣向だけれど。
 なぜか喉の渇きを覚えたボクたちは、ビールをいただく。
 ここにも行楽客、外人観光客の姿が多く、皆いちように言葉すくな、きっと息を呑んでいるのであろう。

 なお、1972年の冬季札幌オリンピックで、日本のジャンプ陣が金・銀・銅のメダルを独占したノーマルヒルの、宮の森シャンツェはこの先奥にあったけれど、ここでたっぷりジャンプ台の醍醐味を堪能できたぼくたちは、市街へと舞い戻った。
 なにか暖かいものをお腹に…。