どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

要らないんじゃないか③…というよりヤメてほしい/「伊達マスク」

-No.0882-
★2016年02月20日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1808日
★ オリンピック東京まで → 1616日




◆(変なの)はあんたダ

 (あら変な人、あのマスク、ぜったい変ョね)
 心のうちにツィートする人が…じぶんもマスクしてるのを忘れてる。

 こんな状況に、このところ、世のなか席巻されてる感がある、ニッポンでは。

 うっかりすると、全国どこもが病院の待合室みたい、といっていいくらいのマスク蔓延状態。
 繁華な通りや、混んだ電車の中などでは、ホント息苦しくなるほどに。

 そう、息苦しいモノなんです、マスクは。
 強制的な吸気・呼気のフィルター、ですからね。
 高性能なマスクほど高価で、より息苦しい。

 自由でありたいぼくは、息苦しいのはゴメンだから。
 マスクが苦手、嫌いなものワースト3に、まちがいなく入る。

 程度の違いはあっても「息苦しい」のは同じだと思うから。
 マスクしてる人を、ずっと気の毒に思ってきたから。

 よほどのことがないかぎり、マスクはしない。
 (放射能汚染フクシマ、居住禁止区域に取材で入ったときとか)
 マスクなしで一生を終えたい、と思っている。
 
 インフルエンザか、風邪の予防か。
 あるいはもっと別の、なんか知らん。
 もっと怖い病気をお持ちか、あるいは感染を怖れているのか。
 いずれにしても。

 きっと一刻も早く、人混みから逃れてマスクを外したい、だろうから。
 (ここなら、もういいでしょう)
 と思われる室内に入っても、外せないでいたりすると。
 マスクを毟りとってやりたくなるのダ。

 予防のマスクが、(なんだかまだ心配で不安)で外せない、のはワカル。
 (ほかの人もみんな外さないでいるし…)
 まったく別次元だけれど、〈世のなか空気がわるい〉のは確かだし。
 
 ところが、どうも様子がちがう。
 風邪マスクでもない、防塵マスクでもなく。
 視線除け、というか、隠れ蓑づかいと知れる。
 (そもそもがマスクって、犯罪者の定番ですしね)
 
 なんでも「伊達マスク」とか、呼ぶんだそうな。
 これが段々に勢力を伸ばして、いまや本物マスクに迫る勢い。

 全世代に蔓延しているけれど、とくに高い率をしめす20台女性では。
 なんと41.2%もが「伊達マスク経験あり」という。

 使われるマスクそのものにも、違いが見られる。
 基本の〈使い捨て〉から、〈おしゃれ指向〉へ。
 (”すっぴん隠”しなる用途もあるとか、いうではないか)

 他人と同じには見られたくない一心…なら、ぼくにもワカル。
 これほどのマスク嫌いが、マスクが必要になったとき。
 なんと柄物を、いってみれば〈オーバー・マスク〉とも呼ぶべき品を購入したことがあるくらいなのだから。
 
 しかし…。
 〈息苦しさ〉を我慢して。
 〈息を潜める〉ことに慣れてしまうのは、オソロしい。

 じつは…。
 つい先日、電車内で、こんな場面に遭遇した。

 明らかに「伊達マスク」の、うら若き乙女がひとり、落ち着かない風情で席に浅く腰かけていた。
 マスクがなんと、顔全体の3分の2以上を覆い隠し、おまけに帽子を目深に被っているから、ほとんど目しか見えない。
 この「伊達マスク」さんの隣りの席が空き。
 そこに、あっけらかんと身を投げてきたのが、ほとんど〈顔まわりをいじる〉ことにしか頭がまわらないフウの小ギャル。
 超ミニスカートの股間隠しに手離せない大型バッグから、これまた派手デカな化粧バッグをひきすりだすと、もう傍若無人。
 化粧個室にこもってパタパタ、シコシコ、顔面操作にとりかかり…。
 隣席の「伊達マスク」さん、身の置きどころを奪われた様子で、それでも懸命にこらえている姿が。

 ふき出したくなるほどオカシクて、斜め前に座っていたボクは、思わず席を立ってしまったのだった。