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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

加代ちゃんダ、五所川原が…「じょんから」が来たゾ/〝リオ〟五輪、女子マラソン代表に福士が名乗り

-No.0867-
★2016年02月05日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1793日
★ オリンピック東京まで → 1631日




福士加代子選手の写真は、ワコール女子陸上競技部「スパークエンジェルス」のホームページから拝借しました*

◆一等賞がとりたかったんだ!

 2月1日、日曜日。
 リオデジャネイロ・オリンピック女子マラソンの代表選考を兼ねた大阪国際女子マラソン
 
 ヤンマースタジアム長居のトラックにトップ独走で〈駆けもどって〉きた福士加代子(ワコール)。
 ゴールのテープを切るとすぐに、電光掲示板を振り返り、陸連設定の派遣記録(2時間22分30秒)を上まわる成績を確認し。
 〈よっしゃ〉とばかりにガッツ・ポーズをきめて見せ、小躍りでスタンドに向かって叫びあげた。
「やったよ、リオ決定だべぇ」
 これぞ、加代ちゃんの真骨頂。
 ぼくら、陸上ファンはこのときを待っていた。
 (ごく稀な向きには、ヒンがナカッタ、かも知れませんけど…)

 ぼくらの目に駆けこんできたときから、とにかく彼女はこんなふうだった。
 天性の”アピール魂”とでもいうのか、ケロっと快走、ケロっと笑顔の、はじける加代ちゃん。
 青森(五所川原)のリンゴっ子というより、津軽〈じょんから〉三味線クライマックスの演奏を思わせた。

 福士加代子
 3000mと5000mの日本記録保持者で、10000mでも歴代2位の記録をもつスピードランナー。
 でも、一般のスポーツファンには、なんといってもロードの加代ちゃん。
 2002年横浜国際女子駅伝での2区10km・区間新の走りとか、2004年全国都道府県対抗女子駅伝・最終10区・10km区間新での快走とか、なにしろケロっとつよい、〈ごぼー抜きの加代ちゃん〉の印象、強烈なものがあった。

 こういう性格の人(じつは彼女のようなケロっとどこ吹く風ふうの選手ほどナイーブだったりもする)だから、40km以上も〈駆けっこしなきゃいけない〉マラソンには、なかなか乗り気にはなれなかったのだ、けれど。
 いくらトラックでは国内トップクラスのランナーといっても、世界の舞台では目だった成績をのこせなかったし。
 やっぱり「一等賞がとりたい」加代ちゃん、2007年にマラソンに転向(?)。

 けれども、そのマラソンでも加代ちゃん苦戦の連続。
 30kmくらいまではイイのだが、その後の勝負どころで脱落することの繰り返し。
 ファンも、彼女自身も、ともにヤキモキするばかり。
 そんななかでも、〈ケロっと加代ちゃん〉は健在でありつづけたが、いまいち「やってやろうじゃないの!」の弾力にはかけていた。
 福士の課題は〈スタミナ〉であった事実に、正直ファンは首を傾げるばかり、イメージとのギャップが大きすぎたからだった。

 マラソン転向後2013年に、大阪国際女子マラソンでの初優勝はあるのだが、ファンにとっては印象がうすかったし。
 (このレースの優勝者が大会から2年以上後に、ドーピング違反で失格したための繰り上げ1位という事情もあった…)
 同じ年の世界陸上モスクワ大会女子マラソンでは、加代ちゃんスマイルとガッツ・ポーズで銅メダルのゴールだったけれど、ファンも本人もナットクはできなかった。
 
 そんな福士、気がつけば33歳になっていた加代ちゃんの正念場。
 「設定タイムをクリアして勝つ」と、初めて公言して望んだこのレース。

 序盤からのハイ・スピードに喰らいついていく福士に、ぼくはハラハラ(まだまだ先が…)。
 20kmすぎからライバルがつぎつぎに脱落するなか、彼女は給水もあぶなげなくとって好走するが、ケロっとした感じはない。
 でも、このレース、ペース・メーカーがあっぱれだった。とくに30kmまでガンバってくれた一人には💮カンシャ。
 ハイ・ペースでひっぱりながら、手の合図で奮起をうながすなど細かい配慮がウレシかった。

 課題の30kmをすぎても、加代ちゃんふんばる。
 ぼくはまだドキドキしながら、ラップタイムと足の運びに目は釘づけ。

 この間、後続には過酷なマラソン・レースの”影”もさしていた。
 ケニア出身のチェピエゴ選手(九電工)が、脱水症状に見舞われ、路上に倒れこんでいた。
 このレースを最後に帰国することになっていたチェピエゴの、「さよなら日本」大会は苦い味わいにおわった。

 このとき、すでにトップを独走していた福士はそれを知らなかったが。
 同じ「目の前真っ黒、頭真っ白」状態は、彼女もまた経験している。フラフラ、なんども倒れ込みながら、「なんとかゴールさせて」の思いだけだっと後に語っていた。

 (これで一等賞、こんどはヤッタかな…)と思えてきたレース終盤。
 解説の益田明美さんが「よかった」と、思わず涙をこぼす場面があった…ことを伝えたアナウンサーにも◎。
 ぼくもようやく「もうだいじょうぶ」と確信がもてたのは、40kmすぎ。

 競技場のトラックに入ってからは、加代ちゃんスマイルにどんなハプニングが弾けるか、そればかり愉しみにゴールの瞬間を待った。

 彼女のイチバンにいいところを、言ってしまおう。
 それは「勝ちたい」という表現に、「金メダルをとりたい」ではなく「一等賞がほしい」と素直に叫んだ純な心もちダ。
 
 優勝タイム、2時間22分17秒。
 選考レースはまだもう一つ、名古屋ウィメンズがのこっているけれど…。

◆これで福士加代子の代表入りはキマリ

 …と思っていたら3日朝。
 その彼女が「名古屋も走る」ことにしたという、衝撃のニュースがとびこんできた。

 ボク、一瞬、唖然…のち、微苦笑。
 これだから、世のなか〈見極めのとき〉がむずかしい。

 いまの国内、女子長距離陣の現状を見れば、福士はまぎれもない〈当確〉、あとは〈当選〉の知らせを待つばかり。
 だが(ナニがあるかわからない)と、だれよりも本人が感じた、とすれば、そう感じさせる選手層の厚み(アスリートだけが肌で感じられるレベルの)があるわけで、陸上界にはよろこばしいことかも知れないが。

 いずれにしても、加代ちゃんらしい〈けじめ〉と思う。
 〈ダメを押す〉ようなことは、彼女に似あわない。
 ただ、ひたすらに、まず国内で、誰にも負けない〈一等賞に〉なっておきたかったのだろう。

 たしかにリスクは大きい、けれども。
 もやもやしてるくらいなら、走ってやろうじゃないか、やってやろうじゃないの!

 (そいうえば、男子マラソンの川内優輝くんは、どうしたろう)
 ぜんぜん別個なんだけれど、こうなってみると二人の姿、オーバーラップするものがある。
 
 加代ちゃん。
 名古屋もケロっと走り抜けてしまえ、そうして。
 リオでも、メダルの色よりボクは、加代ちゃんのケロっとはじける福ちゃんスマイルに、夢をつなぐ。