どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

大関・琴奨菊が大相撲初場所で「号外」の初優勝/10年ぶりに日本(出身)のお相撲さんが賜杯を手に

-No.0866-
★2016年02月04日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1792日
★ オリンピック東京まで → 1632日




◆1月24日千秋楽の日本が沸いた

 (いずれ、この日がくる)ことはワカッテいながら、気分はゼツボウ的に自嘲気味の、思えば長い10年であった。
 
 ぼくらが両国国技館にあしをはこんだのは、あれはたしか2012年の5月場所。
 このときもモンゴル出身、横綱朝青龍の優勝。

「日本の国技でもさ、優勝力士の栄誉を称えるセレモニーでは、モンゴル国歌が流されたっていいんじゃないの」
 かみさんの過激発言にも、首肯させるムードはたっぷりな世情だった。

 すでに土俵はモンゴル勢に席巻されてひさしく、大陸系力士の優勝ばかりがつづいていて。
 それっきり、ぼくらは大相撲の実見からは遠ざかっていた。

 大関になった琴奨菊の、立ち合い前の仕草(本人のいうルーティン)、大きく両手を挙げて状態を反らせる”琴バウアー”に、〈意気発揚〉の科学的裏付け、”気”の効用があることは聞いており。
 伝統の大相撲にも新時代のパワーはとうぜん、浸透しつつあることは知らされていたのだけれど。

 その後の琴奨菊関は、怪我や病いに見舞われつづけて精彩を欠き、日本人力士そのものの出世意欲も伸び悩んだ。
 だから今場所も、琴奨菊はほとんどノーマーク、解説者の優勝候補に名が挙がりもしなかった。

 けれども、じつは彼、ひそかに他日を期して〈体幹〉強化トレーニングに励みつづけ、持ち前の〈がぶり寄り〉に確かなパワーアップを実感してきたところだったという。
 それが今場所、日を追うごとに勢いを増す怒涛の寄り身となって現われ、あとはもう…アレよ!…アレよ!。

 いったんは同期の豊ノ島に全勝をはばまれ、横綱・白鳳に並ばれながら、すぐ翌日にはシッカリもちなおして、ふたたび単独トップに。
 この時点で、琴奨菊の優勝はキマッていた。
 (いちおう、まだナニがあるかわからない…といっても時の勢いはとめようがない)

 千秋楽の放送画面には、地元福岡県柳川の”祝勝待ち”風景が映され、優勝後の町では〈号外〉が配られた。
 気がついたら、その瞬間、両国国技館は地鳴りのごとき〈どよめき〉につつまれ。
 まちがいなく日本の世情は、平成18(2006)年7月場所、大関栃東以来の日本人力士優勝のサプライズに〈一気酔い〉であった。

 この、琴奨菊の初優勝がもたらしたムーブメント余禄。

 千秋楽(優勝決定)の一番の相手、豪栄道
 今場所は不調ですでに負け越し、来場所はカド番になる大関の立ち合いに、ひょっとすると〈変化〉もあるか…と予想の声すらあったなか、彼は敢然と真っ向勝負に出て土俵に突き落とされた、アッパレな態度であった。

 同じ大関で、日本人力士優勝をもっとも有望視されていた稀勢の里
 琴奨菊の優勝決定後の一番、横綱鶴竜戦では、この人には珍しい闘志を全面あらわに、うっぷんをぶつけたかの勝ちをもぎとって見せた。
 クンロク(9勝6負)の冷やかしに耐え、吾も〈他日を期す〉心意気やよし。

 優勝の琴奨菊に唯一の黒星をつけ、殊勲賞を受けた同期の豊ノ島
 自身にも優勝の望みがあった一番に、(前日の相撲で負傷したこともあって力およばず)敗れて、のち。
 花道に琴奨菊を出迎え「おめでとう」と肩を抱いて後のインタビューに、「うれしい、けど、くやしい」とこたえた勝負師魂や、ヨシ。

 今場所のツメどころ、琴奨菊戦にあっけなく敗れたあとの、”気抜け”が気になる横綱・白鳳。
 千秋楽の横綱日馬富士戦にも、はっきりいって”やる気”見られず、義務で土俵にあがった、だけ。
 すでに”引退”が頭にあるのではないか…。