読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『北の国から』…あれからもう…30余年/    拝啓「純」くん「蛍」ちゃん、いまどうしていますか

文化・社会・観賞・読書・思想 思うこと・考えること

-No.0841-
★2016年01月10日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1767日
★ オリンピック東京まで → 1657日




◆子役二人の行く末を案じながら(吾ながら可笑しいけれど)…

 テレビドラマの、リバイバル放映を観ることは少ない。
 そのときどきの時代を切りとって製作されるテレビドラマは、時がたてばとうぜん色褪せてくるからだが。

 『北の国から』は倉本聰さんの脚本が、いまに生きて息苦しい人たちへの、真正面からのメッセージが多くの共感を呼んだ。
 『北の国から』は、1981年秋から翌年春までの24回、フジテレビ毎週金曜の連続ドラマで放送され、その後も期待されてドラマスペシャルが2002年までつづいたヒット作。

 ぼくには、これに先立つ70年代、北海道開拓踏査隊で渡道して以来、お世話になった辺地校一筋の校長先生を訪ねて北瑛(富良野の北)の地に、青春の懊悩もからまる日々をすごした経験があったから、他人ごとではない切実感があったのだ、けれども。
 (ふるい記憶のなかで、ひときわ印象にのこるのは、ボクを見かえす子どもたちの遠くを望むような眼ざし、遥々東京からやってきた学生のにおいを嗅ごうとしているようでもありましたっけ…)。
 ですから。

 ぼくが注目したのは、このドラマの中核を、はからずも荷うことになった二人の子ども(子役)の存在。
 「純」役の吉岡秀隆くんと、「蛍」役の中嶋朋子ちゃん。

 ドラマが進むうちに、ぼくは、この二人が将来、人間としてどうなっていくのか、ということが気になって。
 だって、そうでしょ。
 役者といっても、自身に責任をもつのには早すぎる、まだ子役。
 『北の国から』というドラマが、いい作品であればそれだけ余計に、役柄の影響が役者に、つよくおよぶ。
 はたして、このドラマに出演したことが、吉岡くん、中嶋さんに、どう影響するのか。
 二人はどうなっていくのか…に、注意しないわけにはいかなかった。

 役者なら、いい役にあたれば本望、死んでも悔いはない、なんてのは、いっぱし大人の役者の話しで。

 お父さん「五郎」役の田中邦衛さん、お母さん「令子」役のいしだあゆみさんは、もうしっかりした大人ですから、いいんです。「雪子」役の竹下恵子さんだって、言わずもがな。
 ぼくは田中邦衛さんが好きで、彼の多くはない舞台姿、春川ますみさんとのアングラ舞台も観ているし。
 いしだあゆみさんは、かつてフィギュア・スケートの選手だった頃から知っている。けれども…。

 子役のうちに大きすぎるハマリ役は、害になることも。
 「純」と「蛍」の成長とともに綴られるドラマであってみれば、倉本さんはじめ製作スタッフの責任は小さくない。

 こんど、30数年ぶりに『北の国から』を観て、いまは成長している吉岡秀隆くん、中嶋朋子ちゃんのことを考えていました。
 最初は、吉岡くんの「純」が心配だったけれど、だんだんに中嶋さんの「蛍」の方がずっと気になってきて。

 ぼくは芸能界の事情通ではありませんから、詳しいことはワカリマセンけれども。
 遠くから見守っているかぎり、二人とも大過なく歩んできているようだけれど…。
 まだまだ、もっと先々まで見守らなければ、いけません。

 こんど30年ぶりに、あの頃を振り返りながら、ボクは影ながら「蛍」にずっと付き添ってきた自分をあらためて確認しました。
 中嶋さん、「蛍」からは吹っ切れましたか…。

 『北の国から』は。
 この新春早々に、ドラマスペシャルのリバイバル放映がよていされているそうで。
 ぼくは、ひきつづきドラマの「純」と「蛍」に注目しながら、その後の吉岡くん、中嶋さんを見守っていく心がまえでいるところです。
 (じつをいえば、彼らももう、いい年ごろになっているんです、けれども、ね…)