どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

師走になって慌ただしい時季に「けら」に悩むボク/「おけらになる」や「おけら参り」にまで想いおよぶ

-No.0812-
★2015年12月12日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1738日
★ オリンピック東京まで → 1686日

*9日、「焼跡闇市派」の野坂昭如さんが亡くなった(享年85)。次世代「戦後焼け野っ原派」であるボク(70)は、いちど彼に逢っている。70年代、独立プロダクション製作の映画上映会で、野坂さんにお話しをしてもらった。もっとも当時のボクは裏方、お手伝いしただけだったが、舞台に上がる前、こちこちに緊張していた野坂さんが、つと持参のウィスキーを一口ひっかけるのを目にした。舞台には慣れていると思っていた人が…。彼の仕事ぶりなどは世にいくらでもいわれているので、ちょと、ちがった一面のエピソードにふれてみた…。『火垂るの墓』に冥福を*



 「けらつつき」から「きつつき」へ。
 昨日たどった名の由来が、あらたな疑問をぼくにもちかけてきた。
 じゃ、「けら」ってのはナンなの…。

 この「けら」は、もちろん虫、俗にいう「おけら」のことダ。

◆「おけら」になる

 バッタ目・キリギリス亜目・コオロギ上科・ケラ科。
 「けら」という虫がいかなるものかは、分類をたどればわかりやすい。
 いまどきの、土に縁遠い都会暮らしでは、ご存知ない方も少なくないだろう、けれど「こういう虫ですよ」といわれれば、ざっと見当はつけられるに違いない。

 〇頭でっかちの茶色いやつで体長3センチくらい。
 〇地中生活に特化した種で、前脚はモグラのように発達して、土の中を掻き分けて進み、餌もあさる。ために作物の根などを食いちぎり、農家にとっては害虫。

 しかし、ぼくら戦後すぐ世代、まだ焼け跡に草むら原っぱが多かったころは、子どもたちの遊び相手。
 穴の中に棲みながら飛ぶこともできたから、電灯めがけて飛んでくるのをつかまえて虫篭に飼ったりした。
 背中を指でつまんで、ひゅっと押してやりながら「〇〇ちゃんのチンボ、ど~んくらい」というと、懸命に前脚を広げてもがく。
 他愛のない遊びだったが、ガキどもにはウケがよかった。

 夏の夜に、土の中で「ジージー」鳴くのも「けら」で、ヒキガエルが牛みたいに低く「グェッ、グェッ」と鳴くのと好一対の、かつては夏の風物詩。
 ぼくらは「地虫」と呼び、なかには「ミミズが鳴いてるんだよ」と主張する子もいたりした。
 籠に飼うときは、ミミズなどの餌と一緒に水をかならず与えた。
 活発に動くので代謝量も多かったからだろう、飢えと水不足にはとても弱くて、放ったらかしにしとくと死んじゃうぞ…と、ガキ大将から教わった。

 そんな遊び相手の虫ちゃんの名が、どうして「けら」なのか?
 「けら」は「螻蛄」と書く、で、『字通』という漢字辞典をひいてみたが、「螻」一字で「けら」のことというくらしかわからず、「蛄」にいたっては項目にもない。

 ぼくらがガキのころ「おけら」と呼んだのは俗称だが、職人の隠語や古い俗語では「馬鹿、間抜け、阿房」のこと。
 「おけらになる」といえば、「無一文、すっからかん、素寒貧」のこと。
 「虫けら」なんぞという蔑称もあり、でもさすがにこれについては、「虫全般のことを指すので”けら”とは関係ない」モノの本も気をつかってくれてはいるけれど…だって「むしけら」は「虫螻」と書くのだぜ。

 「螻蛄の五能」あるいは「螻蛄〔ろうこ〕の才」とか「けら芸」といえば、「飛んだり、走ったり、泳いだり、鳴いたり、穴を掘ったり、いろいろできるようでも、いずれも大したことはない役立たずの意味。

 ここまで軽んじられると、「あまりいい意味にはつかわれない」どころか、「酷すぎる差別」じゃないか。
 食べて旨い「あおやぎ」を、「馬鹿」とか「馬鹿貝」とか、頭ごなしに罵倒するのとかわらない。

 それでいて「けら」の語源は不明ときているのダ。
 (どなたか、ご存知でしたら教えてくださらんか、ことと次第によっては我慢もしようじゃないか…)

◆「おけら参り」とも関係ないか…

 とにかく、思いつくかぎりアレコレあたってみたのだが。
 「鉧」も「けら」とはいえ、こちらは日本古来の製鋼法(けら押し、たたら吹き)による粗鋼品のことであり。
 古語では、助動詞「けり」の未然形…ったって、どうなるものでもなく。

 う~ん…と天を仰いで唸ったら。
 「おけら参り」というコトバ、たしか祇園の八坂さん(神社)の、年越しの行事のことが閃いたけれど。

 調べてみたら…。
 「おけら」は「白朮」と書いてキク科の薬草、根っこを焼くと強烈な臭いを放ち、これが邪気を祓ってくれる。
 で、この火のおすそ分けを、境内で買い求めた火縄にいただいて、それぞれ家に持ち帰った…と。
 火縄の使い道もなくなったいまは、焦がしたあと火を消した火縄を「火災予防」のお守りに。

 閃いたところまではヨカッタけれども、ぜんぜんお呼びじゃなかった。

 …ただ、この「おけら参り」の昔(江戸時代)のカタチというのが。
 大晦日の境内で、参詣にきた人たちが、たがいに他人の悪口を言い合うものであった、というのに藁にもすがる気もち。
 俗に「悪口〔あくたれ〕祭」といわれたそうだから、頭ごなしに罵倒する「けら」というコトバと微かに関係のあるような、また、まったく関係のないような…。

 ボクニハ、モウ、ヨクワカラナイ、オテアゲ、デス。