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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

要らないんじゃないか①…車の自動点灯装置/  〝援助〟と〝甘やかすこと〟とはチガウ

-No.0810-
★2015年12月10日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1736日
★ オリンピック東京まで → 1688日




◆交通事故の多発する薄暮になると

 カーナビに点灯をうながされることがある。
 (もっと暗くなってエンジン始動すると点灯確認のメッセージがながれる)
 たしかに、視野がぼやけて見えにくくなるから注意が必要だし、そのためセンサーでヘッドライトの自動点灯をセレクトできるようになっている車種もある。
 この「AUTO」スウィッチは、トンネル走行にも便利なものだ。

 しかし…。

 その「自動点灯装置」の設置を、お国がわざわざ、「メーカーに指導する」というのは、チガウんじゃないか。
 なるほど便利だろう、事故も少なくできるかもしれない、けれども。
 それは、やっぱり、いきすぎだろう。
 それより先に、すべきことがある。
 「注意する意識」を徹底させる智慧とそのくふう、アイディアではないか。

 どうも、このところの世の中、”支援・援助”と”甘やかし”がゴッチャにされてる気配濃厚。

 西欧では、この「自動点灯装置」が推進されているそうだが、なんでもマネればいいってもんじゃない。
 げんに西欧人には、人種的な衰え(老化)が指摘されているくらいだ。
 まだ少しはましかと思われるニッポン人まで、劣化にお付き合いすることはない。
 それでなくても、”民族疲労”が気になる昨今なのだから。

 車でいえば、ぼくはカーナビも初めは嫌だった。
 道やルートを覚える必要がなくなり、頭から地図が消える劣化を怖れた。

 実際には、”地図人間”の頭がカーナビに馴化されることはなくてすみ、あの《11.3.11》大津波被害激甚をきわめたなかでの取材や人家探しでは、カーナビのありがたさが見に沁みもした。
 それでも、(馴れは怖ろしい)と感じているのダ。

 未来は「自動運転」だと、官民あげての熱狂ぶりだけれど。
 (人間バカになりゃしないか…)、それよりなにより、
 (人間イラナくなりゃしないか…)、そっちの方が気がかだ。

 「人は脳のもつ能力のほとんどを眠らせている」といわれるくらいだ。
 もっと頭(ついでに身体も)を使わなくちゃな…っていうのに。

 自分で判断したり、気をつけたりすることが減るばかりの、”甘やかし”の便利さはノーサンキュー、要らない。

 それでも、”支援”の必要な人や、”援助”がかかせないケースがある、というのなら。
 選択(チョイス)できるようにしとけばいい。
 「おしつけ」なんぞ、まっぴらだ。

 そんなことより、たとえば…。
 アパレル関係の方には、「老齢者には派手色コーディネートのすすめを」お願いしたい。
 ぼくは70になって、好きだった「黒」に別れを告げた。
 紺とか、グレーなども、遠慮するようにしている。

 自分で車を運転していて、これらの色合いが薄暮や夜陰に紛れやすいことを痛感し、万が一、緊急の事態にも対処しきれないことが、わかってきたからである。
 わかったら、ヤル。
 わかったときから、すぐにヤル。

 ”甘やかし”の便利さなんか。
 それでも、どうにもならないことになってから…でいい。