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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

その季節がきて〈おでん〉に添える「からし」色から/〝聖と俗のはざま〟など…あれこれ想ったこと

生活・食べる・飲む周辺

-No.0802-
★2015年12月02日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1728日
★ オリンピック東京まで → 1696日




◆清濁あわせて聖と俗のはざまに…

 ぼく、「からし色」が好きだ。
 好きな色のひとつ、の領域をちょと超えている。

 きゅうに、こんな話しになったのは、変にモヤッとシマラなかった霜月の気候が、ようやくここへきて冬らし体裁をととのえてきたからだった。
 (待ってました)とばかり、ぼくはいそいそと準備にとりかかる。
 腹から、めいっぱい気もちよくしてくれる暖ったかもの、〈おでん〉を仕込む。
 わが家の冬の定番料理は、春(もういいかな)と思える時季まで、仕込まれつづける。
 
 こうなると、面倒などない。
 一晩かけてダシ汁をとり、輪切りの大根を茹で、揚げものは湯どおし、あら熱をとり、整えておいた煮汁につけて、とろ火でじっくり暖め含める。

 ここで、お待たせ、辛子が登場する。
 〈おでん〉をとりわけた皿の縁に、練り辛子。
 これで、冬の食卓がほんのり暖ったかになる。

 「からし色」の〈からし〉は、からし菜(芥子菜、アブラナ科)の種子を粉にしたものだから、「芥子色」がほんらいなのだろう。
 しかし、その食味が「辛い」ゆえに「辛子色」となったにちがいない。

 ……でもね。
 「からし色」そのものに辛さはないので、たしかに味覚からきた色の表現にちがいない。
 そういえば、「からし」の種子そのものに辛味はない。
 それが、粉に挽いたのに水を加えて練ると、酵素のはたらきで辛味成分ができてくる。

 ……ところで。
 あなたの「からし色」って、どんな色?
 この答えとなると、じつにさまざまになることマチガイない。
 なかなかうまくは表現できない事態なんかもありそうだ。
 これが国際標準規格の「からし色」なんてものも、ないに違いない。

 ちなみに、JISの色彩規格では「やわらかい黄」。
 一般には「洋がらしのようなくすんだ濃い黄色」のことだという。
 この二つの解釈からして、まるでチガっている。
 さらに、色彩の専門会社にいわせると「辛子のように強い黄色」のことだと。

 ここで、ぼくの「からし色」をいえば、色彩専門会社の表現する色にちかい。
 …といっても、お見せはできませんね、たとえお見せできたとしても、正確には伝わりそうもない。
 それが色というものみたいです、とくに「日本の伝統色」と呼ばれるものが、ほんとにワカリにくい。

 ぼくら現代の色彩感覚は、”伝統”とされる古い時代のそれとは、まるで異文化の想いがすることさえある。
 ……でも、けっして、JISの色彩規格でもなければ、一般に理解されているといわれる色でもない。
 もう少し、ふみこんでいえば、色彩専門会社の色見本よりも、「もう少し濃い」。
 もう、やめましょう、きりがない。

 ともかく、もともとボクは「黄系」の色が好き。
 色のイメージでいくと、「つよく」て「はでな」色。
 人によっては「きちがい色」あるいは「警戒色」。

 ペンキなんかだと「耐性の弱い色」、染色なんかでも「色褪せしやすい色」といわれます。
 人が「お陽さま」色を想ってつくった色…だからでしょうか。
 ワカルけれども、ホンモノの澄明感には到底およばない。

 『色の歳時記­-目で遊ぶ日本の色-』(1983年、朝日新聞社刊)を見ると。
 黄系の色について「冴えた明るさから鈍い色まで、清濁あわせて聖と俗のはざまに」とある。

 むずかしい色。
 だけれど、自堕落に身につけなければ、けっしてダサくはならない。
 もちろん、ぼくはいま女性の着物の色を想っています。
 無地の「からし色」が似合う女性は、まちがいなく「いい女」です。
 
 〈おでん〉に芥子をのせながら…。
 暖かくて、ちょっぴり刺激的で、ついでにいたずらっぽく挑発的な。
 「からし色」の至福をあじわってます。
 
 〈おでん〉にも〈ほろふき大根〉にも、かかせない冬大根。
 この冬も、三浦大根をもとめて、いくどか三浦半島の産地に足をはこぶことになりそうです。