どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ネコは飼われたふりして…じつは家を乗っ取っている/ポール・ギャリコ『猫語の教科書』に出逢う

-No.0800-
★2015年11月30日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1726日
★ オリンピック東京まで → 1698日

*本稿も800回になりました*




◆『猫語の教科書』を読んだ

 10年以上も前に、かみさんが本屋の書棚にめっけて、買ってきて、自身は読み。
 (期待したほどでもなかったヮ)ということで、そのままになっていた、のを…。

 前からときおり、ちらちら横目にしていたボクが、手にとってみる気になった、というわけ。
 本には、そういうことが間々ある。

 ある日、玄関前に置かれてあった分厚いタイプ原稿の束。
 それは暗号で書かれており、これまでにあったどんな解読法も役だたないものだったが、なぜか著者にはスラスラ読めてしまった…という調子で始まる物語り。

 著者はニューヨークのポール・ギャリコ。1995年筑摩書房から刊行された単行本の文庫版(ちくま文庫、1988年)。
 愛らしい猫という生きものに、ペットとして同居を許してきた…とばかり思いこんでいた人間たちは、じつは、猫族の優れた策にのせられた結果、家もその暮らしの主体も、すっかり猫に乗っ取られてしまっているのだ、という内容を読めば。
 無類の猫好きは「ソウでしょうとも」よ~くワカルが…。

 映画『ポセイドン・アドベンチャー』の原作者とは知らなかった。
 1976年にモナコで、すでに故人になっている彼は生前、「ぼくは小説家なんかじゃない、ただのお話し好きだよ」と語っていたそうだが、なるほど欧米流のすぐれたストーリ・テラーだ。

 スザンヌ・サースという女性カメラマンによる写真も、チャーミングで気がきいていた。
 そうして、読後。

「まぁ、いいね、とてもよかったよ。ただ、やっぱりウン、うちの猫のほうがずっと、はるかに自尊心がつよくて、そのくせけっこうドジだったりもして、いいネコだったね、あぁ、あいつこそがサイコーだよ」
 そう思ったボク(カミさんも…期待したほどでもなかった…という感想からしてまさにそうだった)は、まんまとポールの術中にはまっていたことになる。

 そうして、しかも…。
 いま現在まさにネコと同居中という方より、かつて生活をともにし亡くした愛猫を偲んだ方のほうが、きっと。
 そんな読者が多かったことだろう、ぼくたちのように。

 「愛猫の名は」…「〇〇」。
 ぼくがパソコンで使っているIDやパスワード、忘れたときの本人認証のキーワードに、それはいまでも生きている。