どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「蒲(がま)」の穂綿の秘密にいまごろ気づいたボク/「おでん」の季節になり魚肉練り物の連想から…

-No.0796-
★2015年11月26日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1722日
★ オリンピック東京まで → 1702日




◆「おでん」の季節になって…

 親しさが蘇るものがある。
 魚肉の練り物だ。
 なかでも筋蒲鉾、「すじ」というやつ。
 関東地方でしか、ほとんど流通していない(関西ではもっぱら「牛すじ」)。

 魚肉の擂り身に、サメの皮や軟骨(まぁ言ってみれば余りもの)を混ぜてできたやつだが、煮込むと柔らかい、なかに軟骨の歯ごたえと風味が宿るという、オツなもの。
 これが近ごろ、手に入りにくくなってきた。さみしい。

 もうひとつ、ハンペン。
 ふわふわ、もっちり。焼いても香ばしくて美味いが、「おでん」のだし汁を吸って染みると、これがまたコタエられない。
 ただ、煮込むといったん大きく膨らむんでから縮んで、箸にかかりにくいのがチとやっかいではあるが。
 これも近ごろ、いいできのシッカリものが少なくなってきた。くやしい。

 ぜんたいに、魚肉の練り物が近ごろ問題なのは、成型と軟化と味付けのために加える澱粉など、補助添加材の使いすぎだ。
 かんじんの極く薄い塩味をおしのけて、すり寄ってくるような甘みや、柔らかすぎがブルルッと気色わるい。

 えーと、しかし…。
 きょうの主題は「おでん」でも「魚肉練り物」でもなくて。

◆水生植物「蒲(がま)」のお話し

 じつは「蒲の穂」が「蒲鉾」の語源であり(これは現在の竹輪だが、この形が蒲鉾の原形で古い記述には「蒲穂子」とある)、もとは、現在の蒲鉾形のものを「小板かまぼこ」と呼んだが、後世こちらだけがのこることになり、そうして「竹輪かまぼこ」の姿は「竹輪」という名の別の製品となって、いまは竹串は抜いて売られている。
 (事情という世の習い、時を経るほどに、まっこと、ややこしい)
 というようなことは、このブログの、食い気たっぷり好奇心まんまんの読者なら、すでにご存じかと。

 室町時代には、竹串に多くはナマズの擂り身を塗り付けて焼いた蒲穂子。
 (現在でもときおり、地方で竹串付きの竹輪や「竹輪かまぼこ」の名に出逢うことがある。
 ついでに付言すれば、蒲鉾のもとは蒸したり茹でたろしたものではなく、焼いたもの(のち多くは蒸して焼いた)だった。このへんのこと、『たべもの語源辞典』(清水桂一編、東京堂出版)に詳しい。
 また、江戸では蒸し、京では焼きであった。
 なお、板は香りの杉板(樽酒の樽と同じ)。

 その蒲穂子の語源の「蒲」。
 いまや市街化地域では水辺が減り、水生植物も少なくなったけれど、「蒲原」「鎌田」などの地名(そこから敷衍して人の姓にも)になってたくさんのこっている。
 …ということは、つい先ごろまでは、ごくふつうに見られる水辺の植物だったわけだ。

 ぼくの戦後すぐ時代、市街地はほとんど焼け野原だったから、草木の緑そのものが珍しかったのは、まぁ仕方がないのだけれど。
 それが水辺の植物となると、遠足か親子での小さな旅か、少ないチャンスにかぎられたから、興味のわくゆとりもなく。
 ようやく、あれこれ自然に心かよわせられるようになった頃には、蒲も葦も稀少なものになっていた。
 (どちらも、いまやもっぱら花屋さんで活け花の材料、蒲にいたっては鑑賞用に栽培されたりもしている)

 だから知識も偏らざるをえない…というのは、もちろん言い訳だが。
 蒲の穂というのが、上下二段構造になっているとは、いままで知らなかった。
 よく見るとじつは、穂の上半分は細くて、これは雄花(雄蕊)の集まり。6~8月に黄色い花(これは葯と呼ばれるもので花弁はない)をつける。
 いっぽう、穂の下半分は赤褐色で太いブラシ状の、こちらは雌花(雌蕊)の集まり。
 上方から下方へと花粉が舞い降りる仕掛けで、雌花が結実したものは穂綿をもつ微小な種になるという、風媒花であった。

 大黒さまが、騙したフカの仕打ちで赤裸にされた因幡の白うさぎに「蒲の穂綿にくるまればよい」と諭したのは、この穂綿なのであった。
 お恥ずかしいことに、ボク、これを(綿の実のようなものかなぁ)と、思いこんでいたのであった。
 それにしても…たとえウサギ一匹にしても、蒲の穂綿で全身をくるむとなると、ずいぶんいっぱい必要だったことだろう。
 
 そうしてさらにボクは、蒲のような草を抽水植物(または廷水植物)というのを知った。
 浅水に生え、地下茎(根)を水底に伸ばし、茎・葉を高く水上に伸ばしす種類だという。
 水生植物にはほかに、キンギョモなどの沈水植物(植物体のすべてが水中にあって固着生活するもの)や、浮水(水表)植物(水底に固着せず、水面に浮遊する浮草の類)があることも、これもあとになって知った。

 また、蒲という草が蛾の幼虫の食餌になり、魚類には産卵場所を提供し、栄養塩類の除去など水質浄化にも役立つという事実についたは、さらにその後に知ったことだった。
 他の生物を科学することで知る生命の秘密、奥ゆきが深いことをあらためて知らされる。
 やっぱり無駄な生きものはない、らしい、それがたとえ病原菌であっても…。