どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〝移住〟を目指す人も、体験で〝模索〟したい人も/〝地球温暖化〟で見直される〝北の大地〟

-No.0792-
★2015年11月22日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1718日
★ オリンピック東京まで → 1706日








◆北海道暮らしフェア

 11月7日、土曜日。浅草。
 都立産業貿易センター台東館の「北海道暮らしフェア」へ、”十勝圏”上士幌町からのお誘いがあって、でかけた。
 お誘いいただいたのは、小さな縁から。べつに上士幌に身寄りも、とくに親しい事情があるわけでもなかった。

 昨2014年秋、丸の内の東京国際フォーラムであった「ふるさと回帰フェア」に、いわゆる”田舎暮らし”に対する都会人の関心がどれほどのものか…を見とどけたくて出かけたのが、きっかけ。(-No.0368-2014年09月24日記事。http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815733380028
 北海道の市町村紹介セミナーで、上士幌のスライド映像にふと心うごかさるものがあったからだった。

 それは、なにしろ「広びろ」、ほかにない。
 飛行機ぎらいなボクがいうのも変かも知れないが、「いちばん好きな空港」を聞かれたら帯広空港と応える。
 広大な畑作地のただなかにあって、ここなら万が一事故があっても他人さまにご迷惑が少なくてすむ(そこに自分の命もあるいは救われるかも知れない一縷の望みを託して)、というのが理由といえば理由。

 帯広を中心とする十勝圏というところには、そういう「ふところのふかさ」があり、これは富良野なんかにもつうじる自然環境だけれど、あちらには倉本聰さんがいる、つまり丸済ダ。
 付け加えれば、上士幌という町にはバルーン・フェスティバルがあって、ぼくは熱気球がだ~い好きときてる。

 そこで縁ができて、今年の晩秋、雪になる少し前の頃に、1か月ほどの”体験”宿泊をお願いしたのだった。
 けれども、その後、身内に入院騒ぎが続発、俄然多忙になってしまったぼくたちは、急遽この事態を回避、キャンセルさせてもらうことになり、そうして結果、実際に義兄の死という現実に直面したのである。
 その後にあった仕切り直しのお誘いに、ふたたび縁を感じた。
 
 そんなこんなで訪ねた会場、おどろいたのは人の数、熱気ともに昨年の「ふるさと回帰フェア」を凌いでいたこと。
 全道から関係業者も含めて70余の出展ブースには、相談の順番を待つ人の姿も見え。
 ”移住”と”就業”とを積極的に志向する若い世代の夫婦もあれば、ぼくたちと同じにまずは”体験”で模索したい年配者など、さまざまな立場の人たちであふれていた。

 何人かの方とお話したところ。
「東京に居ればそりゃ便利だけど、みんなでしがみついちゃオシマイって気もするし」
「年寄りには寒いのがこまる…けど、暑けりゃ暑いで熱中症だし、これから温暖化なら、北の国もいいかなってね」
「いろいろあって、考えましたけど、行きつくとこクウキがね、都会はトゲトゲしていて、子どもにもよくないですから…」

 じつはぼくも、いま再度の”体験”を考えている。
 その条件は、生涯現役、世話になるだけの存在で他郷に身をおくことはしたくない。

 帰途、浅草の観音さま(浅草寺)に参詣。
 境内は、”爆買い”チャイニーズなど、あいかわらず多くの来訪外来客でごったがえしていた。
 ”2020TOKYO”オリンピックを控えて、いま都内では宿泊施設の不足が深刻化、国内ビジネス客におよぼす影響もおおきくなっている。

 この東京近郊に、生をうけてからこのかた長らく住み暮らし、東京一極集中の弊害を日々痛感しながら、なおやっぱり東京から離れらないでいるボクは、いったいナンなのだろうか…溜息まじりに考えてしまった。