どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

安保関連法成立後の国会周辺を…そぞろに歩く/民主主義とは〈対立〉すること…なのだろうか

-No.0764-
★2015年10月25日(日曜日)
★《3.11》フクシマから → 1690日
      高倉健没から →  349日
★ オリンピック東京まで → 1734日














*昨日深夜、気になる風が吹いた。さほど強くは感じなかったけれど、間をおいて颯颯っ吹きすぎる…ふと目覚めたきり、ついに眠れなくなったボクは3時半に起きてしまった。あとで、この冬の「木枯し1号」と知らされた*

発達障害のニッポン人

 5月のゴールデンウィークに対して、シルバーウィークとかいう。
 9月19日(土)から23日(水、秋分の日)までの5連休、その前に、なにがなんでも成立させてしまえと。
 安保関連法案の採決が強行されたのが、19日未明のことだった。

 そうして迎えたシルバーウィークの休日、朝。
 函館の病院に緊急入院した兄の看病に、駆けつけて行くカミさんを東京駅に見おくり。
 ボクは、重い心を抱いて、国会前を歩いた。

 ボクの、これまでの言動を見てくれば、反体制と思われよう。
 否定はしないが、じつは、それほど狭量でもない。つもりだが…

 かつて、70年代の学生運動では「ノンセクト・ラジカル」と呼ばれる範疇にいた。
 自分の考えはラジカルではなかったけれども、行動はラジカルだったかも知れない、とは思う。

 地下鉄の国会議事堂前、駅地下から夏のなごりの陽ざし眩しい地上に出ると、そこは総理官邸前。
 なにげなく近づいてカメラを構えたら、すかさず脇から声がかかった。
 「観光ですか」と警備の若い警官。
 観光?…ナニをいやぁがる、気分になりかかるのに手綱をしぼり、どうして目だってしまうのか…いまは反省のゆとりがあり。
 「えぇ、まぁ」と、薄く笑ったつもりの、顔は憮然とているのが自分でもワカル。

 国会議事堂の周辺は、おおかた想像されているより緑や園地が多く、空の高さにも恵まれている。
 しかし、休日朝の散策やジョギングに訪れる人は少ない、そういうフンイキの界隈ではないのも事実。
 学生の頃、国会前のデモ隊と警備陣と、いったいどちらに有利・不利なのかを思ったことがあるが、いまだにわからない。

 予想したとおり、界隈にはアノ〈騒然とした情勢〉の現場を見物する人々の姿がたえず、いまどき外人観光客も多い。
 正門前に居坐るパトカーと一緒に写ってピースサイン…の、心もちがどうしても、ボクにはワカラなかった。

 国会前の大通り、前庭の緑陰も濃い歩道に、わざわざ事務用デスクチェアを持ちこんで新聞を読む人がある。
 ボクなどの目には明らかに“胡乱”…にもかかわらず、警備の方々には、デモのプラカードほど“胡乱”ではないらしいのが、ホントに摩訶不思議な光景であった。

 北側の前庭、洋式庭園のなかに憲政記念館がある。
 行ってみたらなにかの工事中だった、せいもあろうが、なぜか内に入ってみる気にはなれなかった。

 こんどあった一連のうごきのなかで、ボクは、とても失望感を深くしている。
 それは、相も変わらずの〈対立の構図〉だ。
 70年代とナニも変わるところはない。

 期待した学生グループの「シールズ」にしても、とりあえず。
 〈対立の構図〉の、一方の目新しさを代表したにすぎず、結果、主要メンバーの一人に殺害予告までうけた。
 なぜ、意見を異にする人たちと、国会とは別の次元でいい、このさいつっこんだ討論の場がもてなかったものか。
 それでは、70年代…いやもっとさかのぼれば、戦後すぐから延々とつづく〈対立の構図〉と、まるで変わらない。
 
 いざ戦争となれば、同じ戦火のなかに身を投じなければならない、同じ世代が、〈対立の構図〉のままでありつづける不幸を、ボクは憂うる。
 いまは政権を後押しするかたちになっている意見の人たちが、その政権によって現在の不遇があることを、なぜ共有できないのか。

 安保論議には、護憲派にも、のりこえなければならない高いハードルがある、自衛隊という存在そのもがじつは解釈改憲ではないのか。
 自衛隊の隊員(やその家族)に、戦争に行くことになるとは思っていなかった、などというとんでもない思い違いがあるのは、どうしてか。
 たしかに、《11.3.11》はじめかずかずの災害救助場面での、粉骨砕身の大活躍ぶりに憧れて入隊した隊員も少なくないと聞く。
 けれども、しかし、自衛隊の本分はあくまでも〈軍隊〉であって、災害救助は平時の援助。
 戦火があれば、なにをおいても戦地に赴く、いやでも命がかかるのはとうぜんではないか。
 真剣に「そうではないようにありたい」のであれば、そのような別組織を新たに設けるしかあるまい。
 そういう討論、議論を、国会とは別のレベルで、国民的に行わなければならない、その時期にきているのではないのか。

 文化人と称される方々が「戦争反対」の声を高く代表するのはいいけれど、どこまでホントの覚悟かを聞いてみたい。
 それとは異なる意見の人たち(とくに若年世代)を、「わからない輩」と蔑すみの一括りでは、自身は戦争に行く心配のない上流保守層の冷酷な下流民無視と、結果かわることはない。

 いま〈戦後(生まれて)70〉のボクが、あとの世代にし遂げてほしいのはソレだけだ。
「ラジカルではない、ノンセクトの人々による、真の民主主義を」

 どうか、“発達障害のニッポン人”のままでは、いてほしくない…。