どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

北海道新幹線、道内最初の駅「木古内」/     この喜びはしゃぐ先にあるものは…

-No.0755-
★2015年10月16日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1681日
      高倉健没から →  340日
★ オリンピック東京まで → 1743日






◆海峡道のなりゆきにも関わる町の盛衰

 早朝、函館フェリーターミナル着。
 空模様あやしく雷注意報のなか、津軽海峡沿いの道をカミさんの故郷“いか漁の町・するめの町”福島町(渡島福島)へ。

 途中、木古内町に立ち寄る。
 この町の玄関口、木古内駅がいま、来春開通予定の北海道新幹線歓迎ムード一色、「すごい変わりようだったよ」と、つい先ごろ訪れたカミさんから聞いていた。

 かつて木古内は、江差線松前線の分岐駅であり、渡島半島・南部交通の要衝であった。
 その後、青函トンネル開通に地域振興の期待が寄せられたが、青函トンネルで繋がれた津軽海峡線も過疎化の歯止めにはならないまま、松前線が廃止。
 こんどの新幹線開通で、木古内江差間の江差線も廃止になる。
 江差線五稜郭木古内間は存続するといっても、渡島南部の在来線が廃れたことに変わりはなかった。

 そんな状況のなか、北海道新幹線「道内最初の駅」の旗じるし掲げる木古内駅の頑張り…というわけだが。
 なるほど、駅前再開発の槌音は高かった。
 駅は新幹線ホームと在来線ホームの2階建て。
 駅前は、大きな広場を正面に、拡幅道路の左右に新商店街の築造が急ピッチで進められている。

 つい、このあいだまでの木古内駅を識る者の目には、アッと驚くばかりの豹変ぶりといっていい。
 (ぼくは、かつての木古内駅の写真を撮っていない、撮る気にもならないほどの駅だった…と言ったら、言いすぎだろうか)
 犬を散歩に連れ歩く地元の人が目を丸くしている…それがなにより正直な反応だった。

 ここから先、鉄道の途絶えた方面へはバス便が出ているのだけれど、本数もごく限られて不便なために、やむなくタクシーを利用する人も少なくない。
 停留所に佇む人に将来の見とおしを訊ねると…。
「さぁ…どうなるんだかネ、大丈夫だろうか心配ダわ」
 これから函館の病院に行くという、老婆の表情は晴れない。
 ほかにも、歓迎の声より、“一朝の夢”を心配する声の方が圧倒的に多かった…。

 日本人の旅行好きには、たしかに、人の行かないところへ好んで行きたがる好奇心のつよい人はいる、が、それがどれほどの数か。
 リピーターの期待できる要素も見あたらない土地の将来が、ボクにも案じられてならなかった…。