どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

惜しまれる人…健さん(高倉健)について想うこと/田舎館村〝田んぼアート〟わきの〝ストーンアート〟

-No.0754-
★2015年10月15日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1680日
      高倉健没から →  339日
★ オリンピック東京まで → 1744日





◆もうじき一周忌…惜しまれる人

 8月24日、田舎館村の田んぼアート(昨日の記事)。
 第二会場の「スターウォーズ」脇に、今年は新しい展示があった。
 ニラミをきかせたモノトーンの男前は、いうまでもない健さん(高倉健)。
 タイトルの「惜しまれる人」が泣かせる。
 下に行って見ると、小石で描かれたストーンアートになっていた。

 健さんが亡くなって、早や一年がすぎようとしている。
 報告するチャンスがないままになっていたが、ぼくはあの日から健さん主演映画を、録画でみなおしつづけてきた。

 前にも言ったように、ぼくは東映スター時代の健さんをあまり評価できない(健さん自身もそれで東映に別れを告げている)のだけれど、このたびはその頃の作品群も、日本侠客伝シリーズ、網走番外地シリーズ、昭和残侠伝シリーズを主に20本ばかり観た。
 …が、池辺良、藤純子長門裕之らとの共演が懐かしかったくらいで、あとは出来のヨシアシ、凸凹はあっても作品の本質にはかわりがない。

 (東映の有料チャンネルを視聴したわけだけれど、一挙放送などしてくれないで少しづつ小出しにするものだから、いいかげん馬鹿らしくなって、ついに途中でやめてしまった…のダ)

 いま想うと、‟大学紛争”全共闘時代のあの頃、なぜ、あれほどまでに「健さん」の後ろ姿に惚れ込んだのか…よくわからない、いったいどの作品に、あんなにつよく触発されたのか見極めておきたいと思って回顧しつつ観たが、ついに「これだ!」と確信できるものにも、ついに出逢えなかった。

 わかったことは、ほかの役者さんにはない殺陣姿、全身をぶつけて「叩っ斬る」健さんならではの長ドス揮い、あれにはいまでもゾクッとするものがある…。

 ヤクザ路線以外で、意外な一面を見せてくれて印象的だった東映作品は。
 『悪魔の手毬唄』(1961年、渡部邦男監督)。スポーツカーを駆って美人秘書を従えるという異色の金田一耕助役が微笑ましかった。
 『飢餓海峡』(1965年、内田吐夢監督)の捜査係長役。好きな監督さんの、いい映画。だが、この作品がよかったのは田舎刑事役の伴淳三郎さん、ヒロイン左幸子さんと三国連太郎さんであり、健さんの印象は「若い」だけだった。
 『新幹線大爆破』(1975年、佐藤純彌監督)のテッテイテキな犯人役。この作品の翌年(1976年)、健さんは独立して思いどおりの、そして恵まれた役者人生を歩みはじめることになる。

 以下[作品の一覧]のうち、頭に◎のついたのが、ぼくのお気に入り。
◎『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年、佐藤純彌監督)
 『八甲田山』(1977年)
◎『幸福の黄色いハンカチ』(1977年、松竹、山田洋二監督)
 『野生の証明』(1978年)
 『冬の華』(1978年)
 『動乱』(1980年)
◎『駅 STATION』(1981年、東宝降旗康男監督)
 『ちゃんばらグラフティー斬る』(1981年)
 『刑事物語』(1982年)
◎『海峡』(1982年)
 『南極物語』(1983年)
◎『居酒屋兆治』(1983年、東宝降旗康男監督)
◎『夜叉』(1985年、東宝降旗康男監督)
 『海へ~See you~』(1988年)
 『ブラックレイン』(1989年)
 『あ・うん』(1989年)
 『ミスター・ベースボール』(1993年)
 『四十七人の刺客』(1994年)
 『ぽっぽや』(1994年)
◎『ホタル』(2001年、東宝降旗康男監督)
◎『単騎、千里を走る』(2005年、東宝チャン・イーモウ降旗康男監督)
◎『あなたへ』(2012年、東宝降旗康男監督)

 そうして、まだ観なおせないでいる作品がひとつだけ『遥かなる山の呼び声』(1980年、松竹、山田洋二監督)。
 なぜかチャンスに恵まれないできたが、ようやく近々録画できる予定。観おえたら(◎かどうかも含め)すぐに報告、お約束しておきます。