どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2015夏の巡礼㉔-大槌町・巣箱づくり(2)/「和野っ子ハウス」午前の部

-No.0750-
★2015年10月11日(日曜日)
★《3.11》フクシマから → 1676日
      高倉健没から →  335日
★ オリンピック東京まで → 1748日
















◆生活再建、祝いのとき

 8月23日、日曜日の朝。
 岩手県沿岸、大槌の海は、波風がたって荒れ模様だった。
 小笠原諸島に接近した台風の影響といわれ、その勢力の大きさを思い知る。

 途中、コンビニに寄って5人分の昼食用、簡単な食料を買いこんでサポートセンター「和野っこハウス」に向かう。

 瓦礫撤去の頃までは、ボランティアや復興工事関係者のため、地元の人々による手づくりの弁当屋さんや食堂がずいぶん見られたものだが、ここへきてその数が減ってきた。復興商店街なども、客足がおちてきている。

 復興の目途がたったというより、痺れをきらし待ちきれなくなって、震災前からあった商店が再開しはじめたこともある。
 被災地の生活ぶりが安定してきた…というか、よくもわるくもすっかり慣れてしまったこともある。落ち着いてきたというのか、そのぶん好奇心のようなものも薄れてきていた。
 仮設住宅をでて、生活再建をはたす人がふえてきたこともあるだろう。

 ともあれ…。
 「和野っこハウス」は、ぼくたちワークショップの原点だった。

 どこに行けばワークショップにふさわしい会場があるのか、それさえ皆目見当のつかない状態で伝手をもとめ、探しまわった末に見つけた邂逅の場であった。

 2013年春から、大槌町にところをえたワークショップ。
 和野っこハウスでは、2014年初夏の「ボックストレー」づくりからスタート。参加者10人に、ボクも助手のカミさんもてんてこ舞いだった。

 デスクワークや小物づくりの手作業とちがって、なにしろ木工は(ノコギリで)切った(カナヅチで)打ったの立ち仕事。
 材料も道具も持ちこんでの開催は、思えばゴクロウサンなことだったが、ほかになかった。

 その夏、晩くに、「すのこ飾り台」づくりのワークショップをつづけたのが、皆さんとお近づきになれたポイント。
 参加者は10人から7人に減ったけれども、これで顔ぶれが定着、うちとけたふんいきの会になることができた。
 地元のおなじ被災者が、仮設からお手伝いに来てくれるようになったのもヨカッタ。
 おない歳であり、木工仲間でもあるSさんと、2013年春の出逢いが、ボクにはラッキーだった。

 お近づきなれて、みなさんの連絡先も教わると、ワークショップ開催にもはずみがついた。
 参加人数の目星がつけられると、準備もしやすい。
 こうして2014年のワークショップは、ボクの木工に加えてカミさん縫製、二つの「フォトフレーム」づくりのコラボ開催となった。
 釜石から、ペアで駆けつけてくれる応援の手もふえた。

 そうして、この夏の「小鳥の巣箱」づくり。
 これには、人よりもいち早く元のリズムをとりもどした自然界に、復興のゲンキをもらおう…というねらいがあった。

 おたがいに顔見知りの、気心の知れたワークショップはふんいきもよく。
 新顔のお二人もまじえてスムースにはかどり、予定よりも早く仕事をおえることができた。

 ぼくのカミさんも、アネさんも、出発前にすませてきた試作の体験が、みどごとに生きた。
 すべてが、積みかさね。

「近ごろは、すっかり催しが減ってきたところでしたから、助かりましたぁ」
 和野っこハウス職員さんのコトバもウレシく。
 カレンダーを見ると、盛んな頃にはぎっしり隙間もないほどだったスケジュール欄に、空白が目だった。

 助っ人のSさんたちと一緒に、コンビニ買いだしのお昼を食べる。
 こういう場での昼食休憩も、久し振り。
 わけは、午後にも、もう一仕事、待っているから。
 ワークショップの午前・午後二部制というのも、これが初めてだった。

 話題は自然、生活再建のことに。
 S(T)さんの新しく建つ家の、お隣りがなんとこのワークショップ仲間の別のS(E)さん、それも今日この場で初めて知れたという。
 「家はまだ先です」と言う方も、再来年にはなんとか…という見とおしがたっていた。
 被災地にも、ようやくそのときが来ていた。

「いよいよ卒業ですかね」
 感無量といった面持ちの方には。
「仮設を出ても、せっかくできたお仲間ですよ、また皆でやりましょう」
 精一杯、声を励ましたけれど…。

 このサポートセンター「和野っこハウス」そのものが、いつまで存続するかも知れないのダ。
 やっと顔見知りになれたばかりの関係を想うと…正直、心中複雑だったが、待ち望んだ再起のときだった、いずれ来る時が迫っていることもまた確かなことだった。
 (お祝いしましょうネ)
 ぼくは心のうちに呟いた…。