どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2015夏の巡礼㉒-大槌町・ひょうたん島/惜しまれるシンボリックな島の変わりよう

-No.0748-
★2015年10月09日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1674日
      高倉健没から →  333日
★ オリンピック東京まで → 1750日





◆デザインの”根っこ”の栄養、気くばり

 8月22日、昼前。
 雨のなか、赤浜へ蓬莱島を見に行く。
 井上ひさしひょっこりひょうたん島』のモデルといわれる小島は、大槌の海のシンボル、人々の心の支えといっていい。

 《11.3.11》の大津波に曝されながら、奇跡的にもちこたえた島は、しかし…その衝撃の後遺症か、緩んだ地盤が崩れ、赤い小さな灯台の上半分も失なわれた。

 いま見る灯台は、その後に再建されたものである。
 島へわたる防波堤も復元された。
 …が、ぼくはその出来栄えにじつはガッカリ(多くの住民の感想もそう)だった。

 再建された赤灯台はでかすぎて、バランスもイメージもよくないうえに、夢がなくなってしまった。

 上の写真2枚目は、被災後に崩れたあとのものだが、ぼくはその直前までの夢のようなフォルムを忘れない。
 再建すればいい、新しく立派なものにすればいい、というものではないだろう。
 もっと、気のきいた配慮ができなかったものか…。

 これでは、ただの赤灯台の島にすぎない。
 弁天様を祀るお堂はのこったから、かろうじて蓬莱島ではあるかもしれないが、少なくとも、もうあの「ひょっこりひょうたん島」ではなかった。

 ぼくは、さっき城山から眺めた雨にけむる大槌の町の寂しさと、この精彩をうしなった蓬莱島とが脳裡にダブってならなかった。
 気がつくと、花道のようにつづく防波堤に、いましがたまであった人影は消えて、そこにはカモメの姿だけ…。

 ぼくは、ブルッとひとつ首を振り、ふさがりかけた気分にカツを入れた。
 午後には「巣箱づくり」のワークショップをひかえていたから。