どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2015夏の巡礼⑮-北上・白浜の防潮堤/恵みの海が見えない風景

-No.0730-
★2015年09月21日(月曜日、敬老の日
★《3.11》フクシマから → 1656日
      高倉健没から →  315日
★ オリンピック東京まで → 1768日






◆国道398号

 大川小学校に黙礼して、新北上大橋を北へ渡る。
 国道398号は、大津波の被害甚大だった沿岸ルートで、復旧に長い時間を要した。
 いまも関連工事がとぎれることなくつづく。

 北上川河口すぐ北側の、白浜海岸。
 《11.3.11》後、集落は背後の内陸に避難するのだから海水浴客に愛された浜を台無しにしないでくれ…との地元民の願いむなしく、高々と長い防潮堤が浜を覆い尽くそうとしていた。
 宮城県の知事は、ずいぶんコチコチに頭の固い強引一方の人と見え、県内沿岸各地には怨嗟の声が蔓延している。
 財政的には恵まれた県だから復興工事の動きは一見ダイナミックだが、このままいくと将来に大きな禍根をのこすことになるのではないか、気にかかる。

 「地震があったら津波の用心」と刻まれた碑が、行き場を失っていた。
 「昭和8年3月3日」、「大震嘯災記念」とあった。
 この碑からは、もう、すぐ先の海の様子を知ることすらできない。
 集団移転した復興住宅地からは、海が見えるだろうか、海を見る気もちがあるだろうか…。
 
 〈この防潮堤の内側にいれば安心〉という意識が、やがて人々の自然に対する畏敬・畏怖の念を拭い去ってしまうだろう。
 そうして、災害はまた、忘れた頃にやってくる…。
 宮古市田老の”長城”防潮堤も、さらなる嵩上げの方向にある。

 「防潮堤が高すぎる」
 沿岸被災地からの声は「必要以上だ」と訴え、震災で一度は沈下した地盤が、4年後のいまは一転して隆起の傾向にあるのに…との指摘もある。
 「地球は生きている」証拠で、これからも長いスパンでは沈下と隆起を繰り返していくに違いない。

 ここでも、ふと哀しく想われるのは、「どういう国土を目指すのか」の将来ビジョンがないことだった。