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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

”学者”と”有識者”と”事情通”について考える/   恥ずかしくなるくらいウレシイ”名誉”の中身

文化・社会・観賞・読書・思想 思うこと・考えること

-No.0670-
★2015年07月23日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1596日
    (高倉健没から →  255日
★オリンピック東京まで → 1828日




◆知識人の心もとなさ

 7月20日。
 大学教授らが参画する「安全保障関連法案に反対する学者の会」の方々が、アピールの声をあげた。
 先には、憲法学者の方々の蹶起があったばかり。
 政治に関わるのは学者の本分にあらず…なんぞと日和見な態度で、いまどきいられるスジではないのだから。
 ケッコーなことだった。

 ただ、せっかくの集会、最後のしめくくりが、拳を突き上げ「がんばろー」かつての労働組合みたいなのは、いただけなかったな。
 (古いんだよネ)
 先日もとりあげたように、いま、デモや集会の在り方が、さまざまに態がわりしてきているというのに、すぐれた頭脳の方々になにか気のきいた工夫はなかったものかとザンネンだった。

 あれなら、澤地久枝さんたちの「安倍政治を許さない」メッセージのほうが、遥かに迫力があった。
 このメッセージは、沖縄米軍新基地阻止に立ちあがった人たちの、「屈しない(不屈)」態度表明がヒントになったいう。
 どうも、肝腎のところになるといまも、文化人とか知識人とか呼ばれる人々には、心もとないところがある…。

 オリンピックの、新国立競技場のすったもんだ騒ぎでは、文科省日本スポーツ振興センター(JSC)にもまして、”有識者”会議なるものに…???…のドデカイ疑問符がなげかけられた。
 あきらかにオカシイことを、「おかしい」と指摘することもできないメンバーばかりの”有識者”会議とはなんぞや。

 そんなテイタラクばかり見せられてしまうと、”有識者”はつまりただの”事情通”なのね、とナットクするほかなく。
 ”有識者”会議ってのは、”事情通”+”御用学者”のなぁなぁ会議ですな。
 ソレデモ、ナンデモ、”有識者”会議に呼ばれることはやっぱり、くすぐったいほどウレシイことなんだよなぁ…きっと。