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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

”下流老人”と蔑むイヤ~な時代の空気を感じる/  ボクは…果たして、そうはならずに逝ケルだろうか…

-No.0669-
★2015年07月22日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1595日
    (高倉健没から →  254日
★オリンピック東京まで → 1829日




◆新幹線焼身自殺の”犯人”

 もうしばらく前のことになるのだが、喉に刺さった魚の骨みたいに、胸の痞〔つか〕えがとれない。
 新幹線車内で、ガソリンをかぶって火を放ち、焼身自殺した老人は、他の乗客も巻き添えにし、公共交通機関を混乱におとしいれた…のだから、”犯人”呼ばわりされても、それは仕方がないことだったのだろう。
 でも、ぼくには、”犯人”あつかいにナットクしかねる気分が、いつまでも尾をひいた。

 新幹線保安対策の見なおしが叫ばれるいっぽうで、週刊誌を中心に、”下流老人”問題を注視する動きがあったのは、とうぜんだろう。
 日頃どうも、オカシな方向に突っ走る傾向のめだつ週刊誌メディアが、遠慮のない率直さで時代に警鐘を鳴らした、こんどのことでは至極健全なところを見せてくれたと思う。

 ”犯人”本人が亡くなっているので、くわしいゆくたてはわからないけれど、生活苦が背景にあったことは間違いない。
 ある日、仕事をうしなって、はたと気がつけば生活できなくなっていた。
 どうする…どうなる…あるのはただ混乱と…絶望と…孤独…ばかり。

 ”犯人”は焼身自殺する前に、赤の他人の乗客たちに声をかけ、つながりをもとめた形跡がある。
 そうせざるをえなかった心境が、痛いほどよくわかる。
 (ぼくもその世代の当事者になった…)

 格差も、生存を脅かされるほどのレベルにいたれば、こうした結末をもたらすことになる。
 (じぶんには関係ない)方はいいだろうが、それでも巻き添えのリスクまでなくなるわけではないのダ。
 しばらく前に、”ホームレス狩り”というイヤな空気があった。
 これからの社会は、”下流老人”無視、あるいは放置、はたまた抹殺…の方向へとながれていくのではないか、と不吉な心境にいまある。

 そうなれば、いよいよ”下流老人”には、この世に生きた証をのこす手だてが、ほかになくなる。

 ボクだって、いまのところは、なんとか凌げているからいいけれど、イザとなって”下流老人”にならない保障も自身もない。
 まともであれば、他人を巻き添えにするなんぞ、とんでもないこった…けれども、さて…。