どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

巨大アーチに潰されそうな…新国立競技場の弱み/「カネはない」のに他人のふところアテにしてマス

-No.0660-
★2015年07月13日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1586日
    (高倉健没から →  245日
★オリンピック東京まで → 1838日




◆しっかりたのむぜ都知事さん

 新国立競技場が盲滅法のきちがい騒ぎだ。
 カネもないのに、うんとこさカネのかかることに「きまっちゃったんだよね」なんて、ぬけぬけとカエルの面にションベン、正気の沙汰じゃない。

 安倍総理も「間にあわないなら、仕方ない」と、垂れ流し追認、黙認(オレ知らんもんね)。
 「フクシマは完全にコントロ-ルされている」なんてさ。
 あれほど、国際的に真っ赤っ赤な嘘ついてまで、「オレのおかげで招致できた」オリンピックだったはずなのに。
 いまは安保法制あるのみ、「ほかのことなんか知るかよ」モード全開あるのみ。
 チャップリンの『独裁者』あるのみ、ひでぇもんだ。

 それはそれとしても…。
 日本の建築技術をもってすれば、なんとかなるんだろうとばっかり思っていたアーチ構造とやらが、どうにもコマッタことらしい。
 本番にまにあうかどうか、”安全なモノ”になるかどうかも、怪しい雲ゆき、ただの”金喰い・景観つぶし”のオソレになったきた。

 その2020オリンピック・パラリンピック、晴れ舞台の主役になる肝心のアスリートたちから、感想とか意見とかが、なかなか聞こえてこないことに、ぼくは不信感をつのらせていた。
「おカネやそのほかのメンドウはみてやるから、そのかわり、せいぜい恩に着ることだな」
 まさか、いまはもう(そんな時代じゃないだろうに…)と思っていたから、(根性の腐った怪しからんやつらめが)と。

 そこへ、ここへきてようやく、アスリートたち(の一部)から声が聞こえてきた。
 室伏広治さん、有森裕子さん、それからラグビーのどなたかさんからも。

「じぶんたちは、無理算段でこしらえられた超豪華競技場に立ちたいわけじゃない、ちゃんと競技できるところがあれば、それでいいんです」
「容れ物じゃない、パフォーマンスなんです」
 要するに、そういうことであった。
 かつての招致活動に熱心だった人など、涙ながらの訴えでもあった。
 ヨシ、彼らはまだ、まともだった。

 アブノーマルの古漬けになった関係上層部の方々は、この声をどう聞くか。
 まさか腹黒く(お前ら自分ばっかりいい子になりやがってオボエテヤガレ)なんて陰湿ないじめ根性でいるんじゃあるまいね…。

 こうなったら、あとは、500億円の(強請りたかりみたいな)分担金拠出を迫られている舛添都知事が、どんな痛快な態度をとってくれるか…だけれど、そういっちゃなんだけど、あの人、あれでけっこう揺さぶりには弱いですからねぇ。
 「苦衷の決断」とかの言い訳がましく、とどのつまるところ、都民を裏切ることなんかないようにしてほしい。

 あと…やっぱりデザイン・コンペの責任者、安藤忠雄さんの「こうなってしまったワケ」とやらを、(いまさらどうにもならんけど…)聞いておきたい。
 あのコンペでは、単なるお絵かき(デザインのみ)でなく、”構造”と”予算”もひっくるめた提案に対する審査だったそうですから、最終責任は選んだ側にありますからネ。

 こうなると、(早まって)壊しちゃった(旧)国立競技場が、つくづく、もったいなかったなぁ…。