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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》沖縄…新聞に投稿した「発言」のこと/   ”声なき声”の声がたいせつなときダ、と思う

-No.0658-
★2015年07月11日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1584日
    (高倉健没から →  243日
★オリンピック東京まで → 1840日

*エジプトの俳優、オマー・シャリフさんが亡くなった。『アラビアのロレンス』で演じた知性の部族長ははまり役だったし、『ドクトル・ジバゴ』でもいいところを見せてくれた。83歳。アルツハイマーを患っていたようだが、死因は心臓発作とか。ご冥福を*


◆謝礼は図書券ですが…

 東京新聞社から茶封筒が届いて、ぼくは(はて?)なんだろう…と。
 封を切ったら、〈投稿〉掲載の謝礼です、と。
 1000円分の図書券が同封されていました。
 
 そこではじめて(ははぁ…)と。
 でも、(アレ、そうだっけ…)、ぜんぜん気づかずにいたのでした。
 それから、古新聞(といってもごく近日中)の捜索です。

 6月24日水曜日の朝刊、4面の「発言」欄は、すぐ見つかりました。
 家では、最初に新聞に目をとおすことが多いボクが、ざっとひろい読み、あとであらためて読みたい記事のところに付箋を貼っておくんです。
 あとでカミさんが読んでから、付箋の付いた紙面をぬきだして畳んでおいてくれるわけです。

 その付箋付きで、のこされていた新聞のなかにあったわけですが、なんと、ほかの記事に付箋が付いていて、自分の〈投稿〉記事は見のがしていた、というわけでした。
 しかも最上段の、いちばん目につくところに掲載されていたのにデス。
 ほんとに(しょうがねぇなぁ)。

 なんだかハズカシイような、気もしましたっけ。
 上の写真がソレですが、これじゃ読めませんね。

 〈投稿〉記事の紙面をご紹介します。
 「発言」すべきことあれば、誰も、黙っていることはないです。
 ”声なき声”だって、その声をあげなけりゃ聞こえませんから。

 このたびのテーマは「新基地反対表明 翁長知事の訪米について」です。
 この日、別の紙面には沖縄全戦没者追悼式(23日)での、翁長知事の「平和宣言」全文が掲載されていました。

 同じ式に出席、挨拶に立った安倍総理が沖縄民衆たちから「帰れ」の罵声を浴びせられたことは、本土ではほとんどニュースにならず、その後、自民党議員の集まりで「動員をかけらた者たちのよる計画的なものだ」との暴言を吐かれて、その事実が明らかになるという皮肉なことがあったことを、あらためて申し添えておきます。

          ☆          ☆          ☆

   不屈の島 差別の闇を切り裂く          浅生 忠克

 戦後七〇年の四月、「辺野古基金」創設後の沖縄を訪ねてきました。辺野古も、普天間も、嘉手納も見届けてきました。かつて花綵〔はなづな〕列島とも呼ばれた美しい飛び石つづきの、南の島々を、日本は本土を守るための「捨て石」にしました。そうして、遠く置き去られた沖縄には、貧苦の時代がありました。すべてがほんとに遠かった。
 けれども、今の沖縄には力がみなぎっています。明るさ、輝きが本物になってきていて、本土復帰の頃とは、もう、まるで違います。それを知らないのは、間違いなく日本政府と、それにならって知らんぷりしてきた本土の人々です。
 全共闘世代の僕には、闘いのにおいというものが分かりますが、いまのオール沖縄は本物。抵抗ではない、不屈です。対米従属を同盟と糊塗する現政権は厄介だが、きな臭さに気づいた本土の民と、米国にもある良心とが堰を切れば、この流れは滔々としたものになるでしょう。翁長知事に見えた「一筋の光」は、放置された差別の闇を切り裂いたものに違いないと思います。