どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》広島巡礼後②-日御碕の碧い海に酔う/”国引き”の島根半島…西端

-No.0644-
★2015年06月27日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1570日
    (高倉健没から →  229日
★オリンピック東京まで → 1854日






◆沖の自衛艦「いずも」に岸は大騒ぎ

 出雲。
 出雲大社の玄関口、出雲市駅

 前は、山陰本線のこの駅から大社駅まで、わずか7.5㎞の大社線というのがありました。
 大社駅そばの宿に旅装をとくと、しみじみと、はるばる参拝に訪れた旅情があじわえたものでしたが。
 いまは高架になった出雲市駅前の、ビジネスホテルにそんな余韻や風情など、とてもとても…。

 いまはバスで行く大社詣で、時刻表をしらべると始発が6時34分。
 (さすがに早すぎるか…)と思いながら目で追って、終点が日御碕〔ひのみさき〕になっていることに気がつきました。
 「行ってみようか」
 いつも、こんな調子です、ボクの旅は気まぐれ黄粉塗〔きなこまぶ〕し。

 出雲大社のある”国引き”の島根半島、西端の岬が日御碕。
 半島の東端は美保関で、こちらもボクは訪れたことがある。
 (”国引き”の昔をふと偲ばせるような…)低い漁家の軒下に、シロイカの陽に透けて綺麗な開き身や、旨そうなウルメの目刺しが干し並べられていたのを覚えています。

 出雲市駅には、地方交通線一畑電鉄の駅も同居。
 好きな名前の響き〈一畑〉なんですが、まだ乗ったことはありません。
 窓口に訊ねて、大社までの便はいいことを確かめましたが、日御碕までとなると…。
 ざんねんながら、また乗るチャンスを逃しました。

 翌朝は、コンビニのおにぎり買って出発。
 大社前に早朝詣での人たち2~3人を下ろすと、あとはわずかな里人ばかり。

 道が海沿いになり、小さな岬々を縫って行きはじめると、道端に車を寄せて停め、沖の方を熱心に見つめる人たちの姿が目だってきて、それがだんだんに増えていくばかり。田舎道では、めったに見られないお祭り騒ぎです。
 間もなく…巨艦といっていいでしょう、岸からもその大きさが判るグレーの船体が、ワァオの迫力で沖合に現出。
自衛艦のデモンストレーションですね」

 乗客の少ないバスの運転手さんが、親切に説明してくれます。
「”いずも”っていう名の艦で、ですから大社さんにご挨拶のつもりなんでしょう、乗組員の人たちは交代で港に上がってるようです、でかいでしょう、全長が250メートルほどもあって1万9500トンですって…、軽空母タイプなんだそうですね、オスプレイなんかも離着陸できるらしい、集団的自衛権の話しが通れば、もう、大威張りってとこでしょう」

 終点、日御碕バス停からすぐのところに、日御碕神社。
 須佐之男命を祀る上の宮(神の宮)と天照大神を祀る下の宮(日没宮)からなる朱塗り権現造りの立派なお社で、日没宮は日本の夜を護ってくださっているんだそうです。
 ぼくは、夢見がよくなるようにお願いしてきました、すじちがいかも知れませんけど…。

 この神社から灯台のある岬一帯が散策園地になっていて、碧い大海原からの潮風がとっても気もちヨカッタ。
 広島巡礼をすませて、正直ホッとしていたぼくは、このとき、まったく時を忘れていました。
 ほとんど陽射しに酔ったような気分で。
 路傍のアザミの紫がよくて、クローズアップレンズのカメラをむけて、撮影に熱中していたら不意に、「あらっいけない、いそがないとバスがでちゃうわよ」かみさんの声に、ハッと夢から醒めたよう。

 あわてて、いま来た道を急ぎ足、なかば駆け足。
 転げそうになりながら、バス停へ。
 だって、これを逃したら次のバスは1時間半後なんですから…。